2007年08月12日

『獣装機攻 ダンクーガ ノヴァ』の行方。

 ここで「〜の行方」なんてタイトルが付く時には、たいてい建設的は書けないのですが……。しかしこの数週間、ANIMAXで連日の再放送を眺めていたら、何だか色々言いたくなってきてしまったので、さらっと(深くは追求せず)書いておこうかと。

 獣装機攻 ダンクーガ ノヴァ(葦プロ公式)
 獣装機攻 ダンクーガ ノヴァ(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
 ITmedia +D Games:22年の時を越え「ダンクーガ」がTVアニメで復活

 今回書くのは、あくまで『獣装機攻 ダンクーガ ノヴァ』についてであって、オリジナルの『超獣機神 ダンクーガ』の事ではありません。そもそもオリジナルの方は、本放映当時幼すぎて殆ど憶えてないですし……。それでも、雑誌やゲームなどでその名前は往々に眼にしてきた事もあって、リメイクと聴いた時には、それなりに関心を持ったものでした。
 さて。ダンクーガ・ノヴァについては、本放映時には既にケーブルに加入していた事もあり、(仕事が忙しくて)飛び飛びながらも、初回から最終話までリアルタイムで追いかけていました。とは言え、如何せん1クール全12話のアニメを飛ばしながら観ているような状態だった為、最終回でも謎が残ったままで「見逃した回で伏線が張られていたのか?」と訝しい感覚を残したまま、この時はこれといった感想もなく番組終了を迎えてしまいました。まぁ――短いな、くらいは思ったけど。
 しかし、ここ数週間、ウィークディの午前1時から毎日再放送されているのを観るにつけ、そもそも伏線を見逃したのではなく、最初から伏線そのものが張られていなかったらしい事に気付き始め、最終回の唐突さに半ば唖然とし……突っ込みたく、なってしまったのです。

 これはないだろう。

 だって、本放映されていたアニメ自体は憶えてなくても、OVAとかゲームとか、色々なメディアで展開されてきた名作アニメのリメイクだと思って、そこそこ期待してたのに。先だってガイキングが(矢張り30年振りのリメイクながら、放映網の悪さの割には途中からクオリティが上がり、最終的には放映期間1クール延長など)なまじっか成功してただけに、どうにも遣り切れない。こんな中途半端は良くないよ。やるならしっかりやるべきだよ。過去の名作の名前を受け継ぐというのはそういう事じゃないのか。
 この、ダンクーガ・ノヴァ。設定は結構面白いのです。戦場や紛争で一方が負けそうになると現れ、圧倒的な力で戦況をイーブンに戻す謎のロボット――要は紛争そのものを無駄に長引かせるだけなのですが(笑)東西冷戦時代の極東地域の紛争状態を思えば、第三国で中小規模な小競り合いを繰り広げるのみに留め、大国同士の大規模な戦争を起こさない事で世界の均衡を保つという理屈も尤もな訳で。しかし、スーパーロボットが登場するなら核兵器使ってるのと大して変わらないじゃん、という突っ込みにも耐え得るよう、ダンクーガは人を殺さない。
 また、各種のネーミングやキャラクター達の台詞はかなり趣向を凝らしていて、大きなお友達も楽しめるようになっています。この辺りの各種パロディについては、ウィキペディアなんかには詳しく載ってますのでそちらを参照の事。私なんかは「ピピルマピピルマプリリンパ」くらいしか判りませんでしたが、列挙されたものを眺めると、その凝り具合は壮観なほどです。
 前作ファンの為のファンサービスも割と多くて、例えば、主人公の飛鷹葵の職業は女性F1レーサー兼副業でモデル。前作の主人公とヒロインを足して二で割ってしまったようなタイプです。また、ダンクーガの秘密の鍵を握る人物として、F.S.という名前(イニシャル)の人物が登場します。キャストは矢尾一樹――と来れば、前作を知っているファンはまずあの人かと思ってしまうでしょう。とは言え、矢尾一樹に限らず、前作のキャストは他にも何人か登場しています。そもそも、監督である大張正己自身も前作の作画に関わっていたとの事ですし、キャラクターデザインも前作と同じ只野和子です。そういう意味では、前作のファンにも小ネタを愉しんでもらいつつ、新たなファン層を獲得するといった意図があったのかもしれません。
 その上で、キャラクター設定は時代の流れを踏まえたものになっていて、ダンクーガに乗り込むメンバ達のゆるさもいい按排。従来の「スーパーロボットの操縦桿を握るのは熱血野郎」という前例を裏切り、面々はあくまで、高給・住居付き・カウンセラー常駐と言った待遇の良さ故にダンクーガパイロットへ転職する――という潔さもまた、却って気持ち良く(最終的に解雇を言い渡される辺りも、パイロット等は完全にサラリーマン扱いです。)、そんなキャラ達が次第にチームワークを備え、自らの意思で戦いに挑んでいくようになっていく様もまた、視聴者には嬉しいもののはずでした。
 しかし、それらの魅力的な設定から呼び起こされる新作への期待は、その放映期間の短さも相まってか、悉く裏切られてしまったのです。少なくとも、私の場合は。
 
 繰り返すようだけど、設定は素晴らしいと思うのです。ただ、それを活かしきれなかったというのが実際のところなのだろうと。
 例えば、それが個人的に一番目に付いたのが加門朔哉です。彼はクールぶって見せるが根は熱血漢といった性格で、今までのスーパーロボット物なら、間違いなくメインパイロットタイプに分類される人種になります。しかし、メインパイロットとしての立ち位置は、この作品に於いては飛鷹葵という女性に譲っている。そして彼自身はダンボール住まいのホームレスとして登場しながら、時にはコンピュータのハッキングもこなし、茶道の作法も心得ているなど、視聴者にとっては謎多き人物として存在します。
 しかし、その大量に張られた伏線は全く回収されることがなく、最終回で傷つき諦めかけた葵に、彼は突然云うのです。
「オレは望まれすぎて、窮屈だったぜ」と。
 唐突過ぎる。伏線回収してくれ。想像だけならできる。良家に生まれ、行儀作法から勉学に到るまで摺り込まれ、過干渉なまでに愛されて、全部ウザったくなって家を飛び出した。働かなくてもお金はあるし、ここは誰にも干渉されずにホームレスに……といったところを、ダンクーガのパイロットとしてスカウトされた、とかね。しかし、この望まれすぎたが故の葛藤が作中で描かれないと、最終回で葵に手を差し伸べた時のこの台詞の重さは半減してしまうと思うのだが、どうだろう。そこは視聴者の想像に任せるにしては大きすぎはしないか。
 ジョニー・バーネットに関しても、エイーダとの関係で比較的多く描かれた感もあるけれど、やっぱり中二病が好むかのようなレールの上を歩いているだけの人生に対しての葛藤について、もう少し深く追求しても良かった気がする。成績優秀なサラリーマンが、何を想い、何を考え、そのレールから逸脱してまでダンクーガのパイロットとしての道を選ぶのか。
 作中で彼はそれを、パイロットのふたりの女性が自分の好みだったから――と、さらりと言うだけ。だけど、今までレールから外れたことのない人間が、敢えてそこを踏み外す道を選択すると言うのは、結構な選択のはずなのだ。勿体無い。ここを描けば、きっと中二病患者の心にも訴えるような道があったのではないかと思ってしまう。
 館華くららについては、本人が一式過去を語っているし、その点に於いて曇りはない。(尤も、かなり嘘くさい過去ではあるが。)ただ、あそこまで具体的に語ったのなら、それが本当だったのか嘘だったのかまで綺麗にしてくれれば更に娯しかったのにとは思う。もし、彼女の語った過去が真実なら、生き別れの双子の姉を出してみるとか、嘘なら嘘で、何故嘘をついたのか。嘘をついてまで隠したかった彼女の過去はどのようなものだったのか――を描けば、キャラの重みも増したのに。彼女の場合、過去を大いに語っているのに、それでいてその真偽の程は全く明るくなっていない上に、パイロットになってからの人格の変化も余りないので、何だか薄っぺらいキャラになってしまっているのが残念である。
 そして主人公の飛鷹葵……これは酷すぎだ。彼女については一番描写が多かったはずなのに、最終回で突然言った「私、要らない子だったの」という台詞に関する伏線が全くなかった……。彼女の現在のライフスタイルについては面白いくらいに語られている。だけど、過去にどういう経緯を持って今の彼女が形成されたかについてはほぼ語られなかった為に、最終回が余りにも唐突過ぎて唖然としてしまう。
 それがリアルロボット系を目指す本格ロボットアニメだったとしても、キャラ萌えを目指す萌えアニメだったとしても、キャラクターを形成する要素をしっかり描かなければ、ロボットを核とした人間ドラマが空虚になる分、作品としてどうしても不完全になってしまう。この作品に関しては、全般的にキャラ達の苦難というか、葛藤が描かれなかったが故に、盛り上がりのないまま終わってしまった印象が強い。
 玩具の販売予定がない割には(ソフビのフィギュアは出てるみたいだけど)、各マシンともヒューマロイドモード・アグレッシヴビーストモード・ヴァリアブルタンクモードときっちりとモードも設定・デザインされているし、ダンクーガの構造や合神する事そのものの意義もきちんと解説しているけれど、それらの設定が殆ど活きなかったのも残念でならない……。
 全て間尺が足りなかったと言えばそれまでだろう。でも、その短さで、これだけ詰め込んだ設定をどうやって回収するつもりだったのか。回収できない伏線なら張らない方が良い場合もある。これでは、クライアントに対して、解決できない事象について問題だと喚くだけの役に立たない営業と一緒である。そんなビジネスはあり得ない。
 最終回も余りに駆け足で、せめて「オリジナルダンクーガ編」と「月のウィル編」で2回に分けられればと思うと残念でならない。そもそも最終回、前半パートが終わった段階でまだ月に到着していなかったあたり、色々思うところはあった訳ですが。
 そして極めつけは、近年稀に見る作画の不安定さ。何でこんな短い話で、ここまで作画が不安定になってしまうのか。余りの酷さに、途中で作画監督のチェックを辞めた程だ。キャラクターデザインは只野和子なのに、WEB上で覧られる版権イラストでさえ顔が崩れていたりして……。これ、本当に只野和子が書いてるの? と不思議に思うことも多々。そりゃ、ここ何年も真面目にアニメを観ていなかったから、最近はどのアニメのエンドロールを眺めても知らないスタッフが多いのも事実だけど、セーラームーンで栄華を極めたかに思えた只野和子も、私の知らない内に劣化してしまったのかと……。もしかしたら、版権用のイラストは他の人が描いているのかとも思ったけれど、それにしたって公式サイトのDL用イラストさえも微妙に思えるのは私だけなのか。(まぁしっかりローカルには保存してるけど。)

 オープニングテーマなんかはiTunesStoreで買っちゃうくらい好きだったけれど、何だかとにかく不完全燃焼なリメイク版――というのが率直な感想。それでもキャラ萌えCDは沢山出ているこの作品。まぁいいけどさ。でも、本当の最終回はやっぱり映像でやってよ、と思ってしまうのは私だけか。
posted by HOSHINA Shiho at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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