『DEATH NOTE』劇場版の後編にあたる『DEATH NOTE the Last name』を観てきました。既に年も明けて上映映画館も減って来ているので、そこはもう思い立ったが吉日。即座にレイトショウで観る事に決めて、渋谷シネパレスの20時40分からの回に間に合うように移動。渋谷シネパレスと言えば京極夏彦原作の『七人ミサキ』以来で……とても久し振りでした。場内はガラガラ。
とりあえず前編の感想はこちらから。
さて、後編は原作通りにやるならヨツバキラ編に突入ですが、流石に映画の尺でそれは無理――という事で、報道機関関係者という路線に持ってくる辺り、複雑な話をシンプルにまとめようとしているのが解ります。結局、原作を中途半端に全部やってしまうより、これくらいがっつり発想を切り替えて切り貼りしてしまう方が却って良かったりしてね。今回、その辺は如実に感じました。ある程度の複雑な長編作品を映画化して、これだけ簡素にまとめながら、全体的なテンポも落とさない。これは凄いことです。実際、原作自体も非常に人気のある作品ですし、後半の高田編(?)に関してはかなりの英断と言えるのではないでしょうか。ただ、高田のキラへの傾倒については、もう少し言及しておいても良かったかも知れません。彼女の変貌は、唐突だった感が否めなかったですし。冴子の通行証燃やすシーンには良い意味でびっくりしましたが。
ラストに関しては、原作に則っているのにも関わらず、それでも意外性があって、原作読了済みでも最後までしっかりと魅せてくれて感激しました。漫画版における第一部の完結シーンに当たる、Lの死後の劇場版オリジナル部分。そこに出てくるのは、父親の名前を容赦なくノートに書ける、原作よりも更に非人道的な月。そして、月のキラ説に絶対の確信を持って、その証明の為には自分の名前をもノートに書いてしまえる、原作よりも一枚上手のL。
そして、法では犯罪者を裁けない事を主張する月と、法の不完全さを認めた上で、息子の独り善がりを説く総一郎――このシーンを観て初めて、月の裁きは若さ故の暴走に過ぎなかったのだなと、すんなり胃の腑に落ちる感じがしました。原作では、余りの急展開とノートのギミックの理解に必死で、そんな事気にしてる余裕なかったけれど……。
父親の腕に抱かれ、父親に理解を求めながら悶え苦しみ死ぬ月と、自ら死を選んだLの、その静謐なまでの最期のシーンは酷く対照的で、両方ともとても美しかったと思います。どちらの死も、眸を見張りました。原作がこれだったらがっかりすると思うのですが(少年漫画で親視点からの強いメッセージ性を訴えられたり、大人を交えた人間ドラマを描かれたりするのは、ある意味興醒めです)、劇場版としてはこれ以上ないくらい綺麗に納まっていたと思います。
ところで、前編に出てきた「仮面と死神」という絵画に関しては、映画のパンフレットで誰が作者か書かれていましたね。(笑)主題歌の翻訳と言い、この方本当に多彩なんだなぁ。
また、エンドロールに田中真弓の名前を見つけたので「お、同姓同名の歌手がいるのか」と思っていたら、こちらもパンフレットで本物の田中真弓である旨が書かれていて苦笑い。全然気付きませんでした。微妙なところで凝ってます。
最後にLの本名の話。13巻読了済みの為、既に名前自体は知っていたのですが、今回の映画を観て突然ローライト = Law right(法律こそ正しい)に気付き、そんな事を考えながら他のブログを拝見していたら、「実は“Lawliet”が「law=法律」は「lie=嘘」というダブルミーニング。」(リンク先より引用)という指摘も見つけて、ちょっと感動というか……このLの名前、何だか壮絶な皮肉なのだなぁ……。
2007年01月16日
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