2006年04月16日

Alexei Yagudinの『Overcome』

 ヤグディンを識らずしてプルシェンコを語ること莫れ、そしてその逆もまた然り――なんて言うつもりは毛頭ないけれど。識ってた方が、プルシェンコの事も、ヤグディンと言う選手の事も、知らないよりは遥かに愛せるだろうとは思う訳で。
 プルシェンコ派を気取っていた私がヤグディンの引退を知った時、最初に思った事を言葉にするなら「これでヤグディンはもう二度とプルシェンコに負ける事はないって訳だ」だった。それは言い換えれば「プルシェンコは今後永遠にヤグディンに勝つ事ができない」という意味でもあり、ヤグディン引退の詳細を知ろうとしなかった私に、その事実は複雑な口惜しさだけを残した。
 その頃の私は、プルシェンコが輝く為にはヤグディンの存在が必要不可欠だったのに――と、そんな風に思ったのだ。でも、それだけ。
 しかし今思い返すと、ヤグディンの引退を待っていたかのように採点方式も変更になって、ソルトレイクからトリノの間に、本当に時代が一区切りしてしまったように思う。彼の存在は何だか象徴的だ。

 さて。そんな訳で今回読了したのは、五輪前後からこちらを読んでくださってる方々からは「今更かよ!」と総突込みを受けそうな、ソルトレイク五輪フィギュアスケート男子シングル金メダリストのアレクセイ・ヤグディンの自伝『フィギュアスケート オリンピックチャンピオンストーリー オーバーカム』。彼の子供時代から、五輪金メダルを経て、アマチュア競技を引退する日までの事が綴られています。ロシアの選手なのに日本語訳本が先行して出てるのは、監修とカメラマンが日本人の方だからでしょうか。運が良いですね。内容は物凄く駆け足で、ヤグディンという選手を好きになったのが本当に遅い私でさえ耳にする機会のあったエピソードの、半分も語られてはいないような気がします。が、それでも厚いし、文字はかなりみっしり。五輪で金を獲って引退するまで如何に壮絶な生活を強いられたか、想像に難くないというものです。読み進めるにつけ、その神経の細さにも驚かされるし、それが故に、あんな状況に追い込まれて、よくもまぁ発狂せずにいられたな……とも思ってしまいます。(それに近い事は起こしているけれど。)この本に収録されたヤグディンの写真を撮影したカメラマンの方のコメントの中に、ヤグディンのこんな台詞が出て来ます。
「あの当時の緊張感を思うと、今こうして健康でいられる事が奇跡だと感じます」
 数時間で読み終わるこの1冊の本を読んでるだけで、彼に立て続けに起こった色々な出来事に驚かされるというのに、それに伴う苛烈なまでの緊張が365日24時間、あの2003年のスケート・カナダの引退セレモニーを迎える日まで延々と続いていたのだと思うと、そんなのは想像するだに恐ろしい。それでも彼は、アマチュアを引退した今日も滑り続けている――。う〜ん、既に現時点で奇跡を観てる気がしてきたぞ。(笑)もっとも、世紀の天才と謳われたヤグディンとプルシェンコが同じ国、同じ時代に同じコーチの元に集った時点で、それこそ天文学的な奇跡だと思って来たけれど。
 そしてプルシェンコが大好きな私は、スケート大国ロシアで、あの時代を共に戦ったヤグディンにもアブトにも取り残され、この4年間祖国の期待を一心に受け、その重圧に耐える事を強いられた彼を思ってしまうのだ。ロシアはこれからどうなるんだろう。今の若手は、旧ソ連の頃を知らない世代なのではないだろうか。そうだとしたら、ヤグディンやプルシェンコとは、経験してきた事も、考え方も、少しずつ差異があるのだろう。愛国心もまた然り――。
 この本、日本語訳されてるくらいだから、日本人スケータもそれなりに語られているのかと思いきや、日本人の名前は、女子で初めてトリプルアクセルを跳んだ伊藤みどり、ヤグディンと同じタチアナ・タラソワに師事した経験を持つ荒川静香、そして彼と同時代を生きた本田武史くらいしか登場しないので、ひたすら荒川フィーバーに沸き、若手の躍進に歓喜する現在の日本では、余り一般大衆には受けないかもしれません。でも、長く男子シングルを見つめ続けてきたファンにとっては懐かしい名前も沢山登場するので、娯しめると思います。

 ワールド・フィギュアスケート21号に、昨年末の本田武史の引退に際し、ヤグディンが寄せてくれたメッセージにこんな一節があるので紹介を。
「時がすべてを解決してくれる。1年も経てば、彼(武史)も試合のことを忘れてしまえるでしょう。ぼくも同じでしたから」
posted by HOSHINA Shiho at 23:03| Comment(1) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
詳細とか大きい色々や、タラソを解決されたよ♪


Posted by BlogPetのねりな at 2006年04月29日 09:06
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