凄い試合だったじゃないか。世界選手権男子シングル!
今大会の(私にとっての)主役は、何と言ってもジョニー・ウィアーだ。
まず、私が驚いたのは予選で彼が4回転ジャンプに挑戦してきたと知った時。まぁ予選の得点は、全体的なスコアに多大な影響はない……とは言え!
そもそも彼は、今まで公式の試合で4回転ジャンプを披露した事が一度もなかったのである。それも、練習では成功してると豪語しながら。
だから私はもう、この人はこれからも絶対に試合では4回転に挑戦しないだろうと思ってきた。実際、そんなリスクを犯さなくても、今の採点方式では比較的上位に入れる。五輪でこそ、4回転への挑戦が表彰台を分けた形になったけれど、それもプルシェンコがいなければ今後の試合で必須とは限らない。他にも、ジェフリー・バトルや織田信成なんかがこういうタイプの選手で、織田に関しては今回も勿論、そのプロに4回転は全く入っていない。だからまず、予選であれ何であれ、口だけだったジョニー・ウィアーが、試合で初めて4回転に挑戦してきた事を認めたいと思ったのだ。
ところが彼はそれだけでなく、スコアの全体の5割を占めるフリースケーティングでも、4回転を入れてきた。フリースケーティングの方は地上波でも放映されたから知ってる人も多いと思うけれど、それはもう酷い顔色で出てきて、ジャンプも最初のコンビネーションくらいまでは良かったけれど、どちらかと言えば全体的に不安定。背中の痛みが酷いとも聞いていたけれど、ちょっと見でも本調子じゃないのが、画面のこちら側にも伝わって来る程の有様だった。
そして前半の4回転ジャンプこそ両足着氷で決めたものの、プログラムの一番最後のジャンプで、彼は転倒する。
暫くの間、起き上がらなかった。
うつ伏せた姿勢のままのその姿に、私は既に順位を知っていたにも関わらず、もうウィアーは棄権だと思った。それくらい長い間立ち上がれなくて、でも、起ちあがった後の彼は転倒などなかったように――というより普段以上の力強さで、スピンを決め、ステップを滑り切った。
最後まで、全力で滑り切った。
先の五輪では銀メダルを狙うと言いながら(この発言はプルシェンコの金が前提にある)、フリーの途中でもう駄目だと決め込んだのか、終盤は見る影もない程にぐだぐだになるし、そもそも公式練習で4回転に挑戦しながら、本番では当たり前のように跳んで来ないしで、もう何だろうこの人! と思っていた。
でも、この1ヶ月で彼は素晴らしくメンタル面を上げてきた。凄い。心からそう思ったし、私はやっぱり独りの部屋で、この映像を観ながら涙してしまった。
ジョニー・ウィアーは表現力も卓越してるし、スケーティングの繋ぎも非常に滑らかで、素人目にも質が良いのが判る。オフシーズンにはしっかり背中を治して、今後も是非頑張って、4回転への挑戦を続けて行って欲しい。
今回の世界選手権では他にも、一時はヤグディンの劣化コピーと化してしまったジュベールが、久々に完全復活したのにもゾクゾクした。滑走順如何では、ランビエールに勝るとも劣らない演技だと思ったんだけどな。そして、やっぱり4回転に挑戦してきた選手が多かった事は、今大会に於いて、何にも増して嬉しく思った。4回転ジャンプに対する熱狂は、今年になってから沸いたものなのだけど、そこに注目してたが故に、今大会は嬉しさも一入だった。
本音を言うと、多分五輪でこういう試合が観たかったのだろう、私は。でも、それは高望みだったようにも思う。あれから1ヶ月経って、その間に色々な事を考えた。結論として、やっぱり五輪は特別なのだな、とだけ思った。殆どの選手が、4年に1度だけのその大会を、限りなく奇跡的なタイミングで迎えなければならない。あくまで勝負は時の運。
王者に相応しい人間が、必ず王者になれるとも限らない。
そして人は、老いれば守らなければならないものも増えて往くものだ。
殊、今大会でプルシェンコが守らなければならなかったのは「国の威信」だったのだから、肉体の故障を経験して、新しい家族を得て、その演技が守りに廻らざるを得なかったのは仕方のないことで。
私が初めて彼を観たのは、2001年の代々木GPF。その頃の彼は、攻めて攻めて攻めまくってた。丁度、ヤグディンと二強天下だった時代で、当時はどの主要な大会を取っても、プルシェンコが失敗してもヤグディンが優勝だし、ヤグディンが失敗してもプルシェンコが優勝で、彼らは祖国の事なんて全然心配しなくて良かった。そこにはふたりの熾烈な鍔迫り合いだけがあった。
そんな時代を知っていたから、私はトリノ五輪を観て、哀しくて泣いたのだと思う。
でも、その頃を知らなければ良かったとは思わない。
彼らの活躍した時代、そんな面白い試合を、(当時はその背景など何も知らなかったとは言え)直接観る事も出来た。それは、私にとって何物にも変えがたい財産のひとつになると思う。
だから、今回の世界選手権も、きっと次の世代に繋がっていく素晴らしい戦いだったと信じる。来期は4回転がクリアに決まるようになったジョニー・ウィアーが、ランビエールとジュベールの一騎討ちを阻んでくる事を期待したい。
これからも、ずっと愉しくフィギュアスケートを観続けていく事ができたら、きっともっと、日常生活も愉しめる……と思う。
2006年03月27日
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以前、コメントさせていただいたYOUといいます。
私も、今回のワールドの主役はウィアーだと思いました!
記事などを読んでいて、転倒したことなどを聞いていたので、
私自身、プルシェンコと同じ位、ウイアーの演技が好きなので、少し見るのが怖かったのですが、
先ほどワールドを見終えました。
本当にひどい顔色で出てきて、
また五輪の時ような演技になるのではないだろうかと不安でした。
あのときのウィアーは志穂さんがおっしゃっているように、本当にぐだぐだでしたものね。
四回転も、跳ぶ、跳ぶと言っておきながら、二回転になってしまったりと。
しかし、今回のウィアーは違いましたね。
後半、転倒したあと、
いつも以上に力強く、猛々しいくらいのウィアーの姿に見ほれてしまいました。
五輪のあと、すごくバッシングを受けたと聞いています。
しかし、ここまでメンタル面で成長したウィアーに感動いたしました。
志穂さんの書く文章は共感を覚えることがたくさんで、
いつもすごく楽しみにしております。
また、遊びにこさせてください(^^)
では、失礼します。
お久しぶりです! いらしてくださってありがとうございます。お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。
やっぱりウィアーは五輪の後バッシングを受けたのですね……。う〜ん、彼も大口叩く方ですし、マスコミにしてみれば叩きやすいのも解りますが。(苦笑)個人的には、一度も公式戦で挑戦した事のない4回転を、堅実にメダルを狙いたい五輪で跳んで来る事はないだろう……とは思っていたので、あの時点では、期待外れという程、外れたという気はしなかったんですよね。
その分、今度の世界選手権で跳んできた事で、必要以上に歓んでしまった面もありますが。彼は今回もどうせ跳ばないだろう――と、そう思っていたところに、4回転ジャンプ。しかもちゃんとその4回転を(両足着氷とは言え)成功させて、その上、あれだけの演技を見せてくれた。
私も、ウィアーの事が大好きになりそうです。少なくとも、今回の世界選手権の演技は忘れないと思います。
何だか、文章の方もお褒めにあずかってしまい、大変恐縮です。これからもまったりと気が向いたときに書き連ねていくと思いますので、よろしければまた遊びに来てくださいませ。