2006年03月11日

「天才の『何某(なにがし)』」。

 私はフィギュアの女子シングルには非常に疎い。しかし昨日の報道を見てふと思いついた事があるので、それについて少しだけ書いてみようと思う。とは言うものの、どちらかと言うと男子シングルを好んで観ている人向けなので、それ以外の人には多分意味が解らないと思う。とりあえず最初にお断り。

 さて。
 ご存知の通り、今年のフィギュアスケートの世界ジュニア選手権では、金妍児が優勝しました。日本期待の浅田真央は2位。しかし私はこの順位、非常にしっくり来たのですよ。

 突然だけど、国民的アイドル木村拓哉が、どんなドラマに於いても「木村拓哉」以外の人物を演じられないのに似て、男子シングルに於いては、天才と名高いヤグディンもプルシェンコも、その個性があまりにも突出していて、彼ら以外の人物を演じる事はしていないように思う。というよりも実際のところ、あそこまで技術を極めていれば、そういう一種の「型」に縛られる必要はないのだが。まぁ、要はプルシェンコが滑る『トスカ』は、『トスカ』ではなく「プルシェンコの『トスカ』」なのである、という話なのだ。
 天才と言うのは「そういうもの」で、画家のピカソなんかもそうだけど、その天才的なデッサン力の先に、非常に有名な「ピカソの『ゲルニカ』」という、子供の落書きと見紛うような絵画があるのだ。ゴッホやシャガールにしてもそれは同じ事で、もう技術なんてものを突き抜けたところに、彼らの個性は存在しているのである。だから、ここで言う「プルシェンコの『トスカ』」という表現は、そういう意味だと思って欲しい。因みに、木村拓哉が天才だとは一言も言ってないし(「できない」事と、「できるけど、敢えてそうする意味がない」のは全然違う)、フィギュアスケートと絵画を一緒くたにするのは物凄い勢いで無理があるので、この辺は単純にものの例え。
 そんな訳で、彼らはその天才的な技術と強烈な個性が故に、自らにしかなり得ない。それが是か非かは別問題として、その点から言うと、本田武史なんぞは何にでも成り得たように思う。元々極めて個性の弱い、流されて生きることを是とする日本人の質故か。ヤグディンやプルシェンコ等の突き抜けてしまった選手とはまた違う彩を放つ彼は、ある時は踊り狂うブロードウェイのダンサーになり、またある時は戦場から戻った孤独な兵士になった。
 そして、本田の演じる『アランフェス』は、あくまで『アランフェス』なのである。「本田と言えば『アランフェス』」「『アランフェス』と言えば本田武史」という煽り文句を何かの本で読んだけれど、『アランフェス』は本田の代表作でありながら、本田が演じるのは「本田武史の『アランフェス』」ではなく、あくまでその音楽に肉薄した『アランフェス』なのだ。これと同じ事が『仮面の男』にも言えて、『仮面の男』だとヤグディンと本田のプロが共に有名だけど、本田が演じるのは『仮面の男』であり、ヤグディンが演じるのは「ヤグディンの『仮面の男』」なのである。

 更に言うなら、ヤグディンという天才が演じるからこそ、「ヤグディンの『仮面の男』」が成立するのだ。

 結局のところ、他の人間がヤグディンを真似て滑ってみても、「音楽と、その作品の持つバックボーンを表現できていない」という評価しか得られないだろう。そして、逆に本田が演じる『仮面の男』は、そう言った意味では誰よりも『仮面の男』という音楽の持ち味を忠実に表現できているように思うのだ。彼は自分自身に音楽を引き寄せて演じるというよりは、自分自身を音楽に昇華させて演じようとしていたように視える。
 故にこれを踏まえて「表現力」という点に立ち戻った時、一番それが顕著に秀でていると感じるのは本田武史、という結論になってしまうのだな。まぁそこまで考えたのは昨日なんだけど。(笑)いや、最近私ってば本田一押しだな。もう遅いけど……。

 さて、ここで話は浅田真央に戻る。
 浅田真央はまだ、こういうレベルには辿り着いていないのではないだろうか。まだカリスマと言うほどの突出した個性も感じないし、かと言ってその作品を深く表現する事もできていないような。誰かに例えるのは反則だけど、言うなればティモシー・ゲーブル。ソルトレーク五輪の銅メダリストであり、クワド・キングと呼ばれた男。しかし、ヤグディンやプルシェンコと言った天才達とは果てしなく距離があり、かと言って本田のように深く美しくその世界を表現する術も持ち合わせなかった。彼は、私のお仲間の佐久夜嬢の言葉を借りるなら、「ジャンパーからスケーターにはなれなかった」のである。恐ろしく安定した4回転ジャンプを跳ぶ事が出来たが、表現力に乏しく、その音楽の持つ深みを表現できなかった……。採点基準の変化に適応できなかった、旧採点末期のアスリートだ。
 とは言え、浅田真央はまだまだ若く先も長い。これから十二分に伸び代が期待できる選手だと思うので、この辺りに早く気付いて、ジャンパーではなくスケーターとして成長していってくれると、これからが非常に楽しみな選手になると思う。

 私は(男子の)4回転ジャンプを熱く語るきらいがあるけれど、フィギュアスケートってジャンプだけが全てじゃない。殊に女子に求められているものは、力強いジャンプだけではないはずだ。日本は伊藤みどりからこっち、どうしてもジャンプ偏重な傾向があるように思う。それは我々が非アングロサクソンが故かも知れないけれど、新採点を生きる選手達にはでき得る限り、その呪いに縛られないであって欲しいと願う。それこそが、この新旧採点の過渡期を耐え抜いて金メダルを勝ち取った荒川静香という選手から続く、新しいフィギュアの歴史になると思うから。
posted by HOSHINA Shiho at 00:55| Comment(4) | TrackBack(1) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、niftyの記事のTBから来ました。

仰っていることに至極納得です。特に「Plushenkoの『トスカ』」「Yagudinの『仮面の男』」の件は全くその通りだと思います。この論法で言うと荒川静香は『荒川静香』という作品かなという気がします。こういうのも何ですが、どちらかというと『木村拓哉』に近いような...(笑)

自分は新採点になってからPCSというものの重要性と、その採点基準に非常に興味を持っているのですが、ジャンプ偏重のこの国では、解説を聞いていてもどうしてもTESの事が多く語られてしまうところが悲しいです。もっともPCSについて解説してもほとんどの人が分からないと思いますが...。

長文失礼しました。
Posted by cygma at 2006年03月11日 06:01
>cygmaさま
 はじめまして。コメントありがとうございます。
 木村拓哉だって凄いっちゃ凄いのですよ。彼だからこそ「木村拓哉はあれでいいんだよ」と言わしめている訳ですから。最近耳にする荒川バウアーなんて表現は、荒川静香をそういう方向性で肯定しているとも言える訳で、それはそれで素晴らしい事だと思います。(といっても、実際に荒川静香のイナバウアーがそれ程のものなのかどうかは、無知な私には判断できないのですが……)それに、私の一番愛するプロは何と言っても「キャンデロロの『ダルタニアン』」ですので(笑)、決して完璧な技術を持ち得ない個性を否定する気はないです。逆に『ダルタニアン』に至っては、もうキャンデロロ以外の人が滑ることに価値はないと思いますし。
 私はフィギュアの採点基準に関してはかなり弱いので、実際のところはよく解っていないのですが、どんなに匿名性を高めたところで、我々は所詮黄色人種ですから、どうしてもその要因だけでPCSが伸び悩む側面というのは否定できないのではないかと思っています。だからこそTESに意識が向くのではないか、と。まぁ、明確な人種差別が存在する以上、TESだって肝心な時には意図的に低くされる可能性も否定できないのでしょうが、それでもPCSよりは影響ないかな、と。
 とは言え、やっぱり新採点システムは難しくて解らない……。
Posted by 志穂。 at 2006年03月12日 00:13
>『どんなに匿名性を高めたところで、我々は所詮黄色人種ですから、どうしてもその要因だけでPCSが伸び悩む側面というのは否定できないのではないかと思っています。』

この部分、至極納得です。それが露骨に出てくるのがSyncronized Swimmingなのだと思います。あの競技もロシアの存在でアジアにとって「銀がMAX」なのではないかと思います。

PCSについては明確な基準が無いので、自分も理解に苦しんでいます。しかし『明確な人種差別が存在する』中、フリーのPCSで荒川静香が欧米人を上回ったという事実は、金メダルなんかよりも大きな意味を持つのだと思います。
Posted by cygma at 2006年03月12日 02:15
 荒川静香の金についても、色々な見方があるのだろうな、とは思っています。今回は舞台がイタリアでしたから余り顕著には感じませんでしたけど、北米が舞台であってもまた違う順位になったでしょうし……その場合には逆に、スルツカヤのPCSが必要以上に伸び悩んだのでしょうが。詳しいことは解りませんし、この辺りになってくるとソルトレイクを思い出してしまうので、もう余り考えたくないです。
 ただ、黄色人種として生まれた以上、ある程度そこを差し引いて観る事は忘れないようにしなければ、とは思います。

 寡聞なものでシンクロについては殆ど存じ上げないのですが、芸術を競うスポーツは、本当にそれだけで我々が劣ってしまうので、色々と難しいですね。でも、好きなんだからしょうがない。(苦笑)これからも私は、フィギュアスケートをずっと観てくんだと思います。
Posted by 志穂。 at 2006年03月13日 22:54
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Weblog: mika;hana
Tracked: 2006-03-11 05:17
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