2006年02月25日

スルツカヤのフリースケーティングに寄せて。

 トリノ五輪、フィギュアスケート女子シングル、フリースケーティングの取りを務めたイリーナ・スルツカヤが転倒した瞬間を、私は多分忘れないと思う。ここ最近の彼女の滑りは常に安定してるように視えていただけに、私にとっては、それこそプルシェンコのソルトレーク五輪での転倒と同じくらいの衝撃があった。
 元々かなりの投薬を受けていることは有名だったし、今大会の直前にも体調を崩したとかで、コンディションが万全でなかったとも聞く。それでも矢張りあの瞬間は、「え。この人転ぶの?」と目を見開いてしまった。
 彼女もまたプルシェンコと同様、五輪のタイトルを長く目標にしてきた選手だったと認識している。でも、彼女の場合は学年的に私と同い年。二十代の内に迎える事のできる冬の五輪は、これが最後だった。心臓の病と、年齢と。体力的にも、これがきっとスルツカヤにとっての最後の五輪だったはずだ。
 あの日の時点で、ロシアはこのトリノ五輪、アイスダンス、ペア、男子シングルと、既にフィギュアの全ての種目に於いて金メダルを制覇。残すところは女子シングルのみ――という状況だった。彼女自身の意思以上に、ロシア国民の期待をも一手に引き受けることになった、イリーナ・スルツカヤ。
 万全でない体調に加えて、その重圧はいかばかりであっただろう。
 結局、彼女が金メダルを獲れなかった事で、ロシアは今大会に於けるフィギュア全種目制覇も逃す事になってしまった。私は当然、女子シングルの金メダルはスルツカヤのものだと信じて疑ってなかったので、やっぱり女子の順位が出た時には、何て残酷なんだ、この状況……と思ったし、会社を午前休して不貞寝しようかと思った。いや、ちゃんと出勤したけど。

 That's Life ――と、彼女は繰り返すのだそうだ。――それが人生というものだ、と。思い通りに行かないのが、人生なのだと。

 彼女は強い。フィギュアスケートが好きだからと、その強靭な精神力で、難病の淵から甦ってきた。私はここ最近の彼女を観るにつけ、いつもバレエの『瀕死の白鳥』を思い出した。投薬を続けながら、それでも力強く跳ぶ彼女を、氷上で常に微笑を絶やさない彼女を、尊敬していた。彼女のプロで白鳥を使ったものに記憶はないのだけど、それでも私は何故かいつも、病魔と戦いながら滑る彼女のスケーティングを観る度に、最後の力を振り絞って羽ばたく白鳥のようだと、そう思っていた。
 終に五輪で金メダルを獲る事が叶わなかった白鳥。
 それでも、この人の弾むようなジャンプを、私は忘れない。常に絶やす事のない、その勝気な笑みも。

 でも。

 やっぱり欲しかったよね、金メダル。
posted by HOSHINA Shiho at 14:31| Comment(4) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
拙ブログに、TBどうもです。

スルツカヤがフリーの演技終了直後に
下を見て苦笑いし「ああ、やっちゃった」
という顔を忘れることができません。

でも、そうやって世界一は決まるのだなと
ある意味、納得もしました。
Posted by 慶次 at 2006年03月08日 00:12
>慶二さま
 コメントありがとうございます。
 なんかもう、あの時は本当に哀しくて……でも、彼女はいつもカメラが廻ってるところじゃ絶対に泣かないし、得点が出た時だって手で顔をおおったものの、やっぱりそれに対して怒りや悲しみの感情等も表に出す事もなくて……。逆に観てるこっちが辛くなってしまいました。これだけ頑張っても、「五輪の女神とやらは、スルツカヤを愛してはくれなかったのか」と。
 そんなスルツカヤの味わった辛酸、そして彼女の強さが、もう少し伝わればよいのにな、と思います。殊、文部大臣辺りに。
 
Posted by 志穂。 at 2006年03月08日 14:24
さっそく(?)以前の記事へのコメントさせていただきます(笑)

私もスルツカヤが転倒した瞬間を忘れることはないと思います。
Liveでテレビの前で「え!?うそ…」と、即座に信じられずにいました。
長野オリンピックの頃から女子シングルの中で応援してきた選手で
これまでのアップダウンもずっと見てきました。
ソルトレイクでフリーのあと、壁に向かって泣いている姿が忘れられなくて。
今回もキス&クライや表彰式では涙なんて見せることはなくて
そんな彼女に対して私が泣いてしまいましたよ。

ただ今回自分が救われたと思ったのが、
金メダル最有力候補としてすさまじい期待やプレッシャーをかけたことに
ロシアでは「イリーナ、ごめんね」といった報道がされたと何かで読みました。
過剰な期待かけまくってうまくいかなければ叩く日本とは大違いですね。
荒川さんの金メダルをたたえるためにコーエンやスルツカヤの転倒シーンばかりをプレイバックするTVに本当に腹が立ちました。
文部大臣も同じく。

五輪金だけが凄いわけじゃない。
あなたのスケートのすばらしさは伝わったよ、と言いたいです。
でも志穂さんも書かれてるように
やっぱり欲しかったよね、金メダル。
Posted by ミント at 2006年05月12日 01:09
>ミントさま
 本当に、日本じゃスルツカヤの転倒写真ってYahooのニュースにも延々と出ていましたし、映像も随分と流れましたよね……。口惜しかったな。「彼女の重圧なんて、何にも知らない癖に馬鹿にしやがって!」って、思って。(苦笑)
 今でも、五輪の女王の件に関しては物凄く思うところがあるので、またいずれ女王談義みたいな形で語れればと思ってます。未だ多くを語れないくらい、他人を虚仮にする発言をしてくた文部大臣と某タレントが大嫌いです。

 何も知らない癖にね……。
Posted by 志穂。 at 2006年05月14日 01:38
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