2009年11月03日

聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝

 最初に開催告知を覧たのは5月だったかな。その時からずっと行きたかった『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』に行って参りました。場所は上野の森美術館。
 因みにこの展覧会に関しては、こういうサイトもあって。
 3日に私が出向いた際も、美術館前には旗を振る人々が幾人かおられました。このあたりは難しい問題ですし、ここでは如何とも言い難いのですが……。ただ、こういう展覧会が開催される事でチベットに対して関心を持つ人も出てくるだろうし、展覧会そのものの是非についてはちょっと別問題というか。私はすっごくすっごく正直に言ってしまえば、やっぱりチベット密教に関して興味があったから、それに関するものが間近に覧られるという事で(その出品者が誰であろうと)単純にありがたい事だと思ってしまうし。勿論、それとは全く別ベクトルで、今チベットに対して中国が行っている行為というのはちゃんと──否、それなりには耳に届いているし、時に話題になったりもするのだけれど。
 言及し辛い。

 で、実際の展覧会の感想ですが、なんかやっぱ……語彙少なくて残念な表現だけど、とにかく凄いなぁ、と。もうね、ものによっては直視できないのです。畏怖というか、仏像に対して「ジロジロ視てすみません」とか言いたくなるというか。目を伏せてしまう。特に「うわ、駄目」と思ったのが《ダマルパ坐像》とか、《薬師マンダラ》の中で薬容れを持っている像とか……。他にもあるんだけど、とにかく時に「あ、すみません」みたいな感じでまともに観られなかった像が幾つか。勿論、殆どはジロジロ観ちゃってるんだけど。
 それにチベット密教の仏像ってちょっとエロいところもあるんだけど、それもまた妖艶な魅力で……例えば、館内で二階に上がった瞬間に唐突に現れる《緑ターラー立像》なんかも凄く惹きつけられるものがあったし、《カーラチャクラ父母仏立像》も、以前から思い描いて来た密教像そのもの。《ダーキニー像》もその姿が艶かしくて、それでいて「ああ、神だ」と思わせるものがあって。《ペルデンラモ騎騾像》も密教独特のエグさに感激だったし。
 チベット密教の仏像って不思議です。ただ立っている、ただ坐している──それだけで世界がひとつ出来上がっている感じがするのです。
 それと今回、一度観てみたかった《カパーラ》を視る事ができたのも大きな収穫。カパーラというのは、人間の頭蓋骨から造った杯なのですが、これ小学生の頃から一度視たいと思っていたので、やっと視られたなぁ、と。
 他にも色々と心動かされたものがあって、この展覧会は個人的にはすっごくお勧めです。
 勿論、近現代の政治的な動きについては、ほぼ何も言及されてはいない展覧会ではありますから、そういった面を声高に叫ぶ方々にとっては面白くはないかも知れない。でも、チベット密教というものに純然たる興味を持って脚を運ぶのであれば、その片鱗を視る事はできると思います。そういった点からなら、この展覧会は非常に満足度の高いものになるであろうと。

 それにしても、濃艶な像の数々を眺めていたら、『幻獣の星座』も連載誌がなくならなければ、こういう格好したアティーシャや風斗とかも覧られたんだろうな──なんて事も思ってしまって、改めて、そういった事がちょっと残念に思いました。あの作品こそ、もう少し踏み込めば現在のチベットの状況を映し出す鏡のような作品になったかもしれなかったのに。秋乃先生そういうの得意だし。
posted by HOSHINA Shiho at 23:56| Comment(1) | TrackBack(1) | 美術展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
収穫するの?
Posted by BlogPetのねりな at 2009年11月22日 14:43
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壮麗なチベット美術
Excerpt: 上野の森美術館で「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」を見たよ。
Weblog: 聖なるブログ 闘いうどんを啜れ
Tracked: 2009-11-07 08:10
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