このところ深夜残業続きで、気分転換に少し遠回りをして帰る事が多い。勿論終電に余裕があればの話だけど。
そうすると、選んだ道筋に依っては、ライトアップされた三菱一号館の姿を観る事ができる。以前からこの建物が美術館になる事は知っていたから、白い防護壁が取り除かれてこの建物の姿が現れた時には、ひとりほくそ笑んだものである。余りこういう悦びを分かち合う人がいないので、ひとりで盛り上がるしかなかっただけだけど。
さて。日経ビジネスオンラインで連載されている記事のひとつに『東京オトナの修学旅行 赤瀬川原平×山下裕二』というのがある。(ユーザ登録をしないと全ての記事が読めないのがやや難。)個人的にこの記事が大好きな私としては、新しい記事が上がると読んでいたりするのだけど、今回、三菱一号館竣公記念展シンポジウムの第二部『丸の内考現学―コンドルと河鍋暁斎、そして丸の内町歩きの魅力』のパネリストの中に、私は件の記事の山下裕二氏と赤瀬川原平氏の名前を見つけてしまう。
という訳で、このおふたりの軽妙なトークが聴きたいばっかりに、第二部にだけ参加する事にしてしまったのだ。
午前中の部の『コンドルの足跡と丸の内の原点・三菱一号館の復元』の方は、割と堅い内容だったらしいのだけど、午後の『丸の内考現学―コンドルと河鍋暁斎、そして丸の内町歩きの魅力』の方は、内容云々というよりパネリストの色合いからして雰囲気弛め。
因みにシンポジウムの登壇者は下記の通り。
山下裕二氏(モデレーター/明治学院大学教授)
赤瀬川原平氏(美術家、作家)
木下直之氏(東京大学大学院教授)
南伸坊氏(イラストライター)
野村和宣氏(三菱地所設計)
元の三菱一号館自体が私の生まれる前に取り壊されていた事もあって、あの建物が、そもそも今回再建されたあの場所に立っていたという事実も、野村さんの「一号館復元のプロセス」のプレゼンで初めて知った話だったし、江戸時代の地図や、明治時代の写真と共に語られる丸の内の変遷も興味深く、パネルディスカッションの方も非常に楽しく拝聴。当時の地図やら写真やらというのは、丸の内の地理が良く解っていると、面白さ倍増なのだな。
勿論、フェノロサと並んで語れる事の多いコンドル(因みに山下先生曰く、フェノロサは「上から目線」だけど、コンドルは「良いヤツ」らしいです。)と、日本画壇では何故かそこまで評価が高くない河鍋暁斎との関係性も意外性があったし、『ビルヂング事務所研究會寫真帖』の写真の抜粋も大変面白かったです。
『ビルヂング事務所研究會寫真帖』については、帰りに行幸地下通路で展示されている同写真展も覗いて来たのだけど、椅子ヲタっぷりがちょっと緩和されていて残念でした。(笑)まぁ、一般市民向けには正しい形なのでしょうが。
ちなみに、一号館と言うからには二号館もあった訳ですが、その場所には現在、重要文化財の明治生命館が立っています。まぁアレもアレで格好良いっちゃ格好良いけど……あそこは隣のビルとの連結がなぁ。
あと、全然関係ないけれど、何故かパネルディスカッションの時に出てきた現在の三菱一号館の写真が、本城直季の「small planet」みたいな状態になっていたのが印象的でした。こうして視ると確かに、格調というのは積み上げてきた時間によって築かれるもの──というのも納得できると言うか。歴史の無いものはどんなに美しくても、結局のところ模型と見分けがつかないものなのかも。
今回、木下直之氏が「是非、三菱一号館美術館で河鍋暁斎の展覧会を」と仰っていましたが、これは大賛成。是非観たいです。よろしくお願いします。
2009年09月14日
この記事へのコメント
志穂が登録するの?
Posted by BlogPetのねりな at 2009年09月16日 13:52
コメントを書く
この記事へのトラックバック




