2008年03月21日

『30代B型』は、そんなに人生生き易いのか?

 Domnina, Shabalin out of world championships

 ドムシャバ欠場が想像以上にショックで、ワールドのアイスダンスをチェックする気になれない今日この頃……嗚呼。っていうかもう、プルシェンコの時もそうだけど、ロシア人の膝を誰か何とかして、みたいな。(日本語は正しく使いましょう。)
 今年は仕事に追われていて、余り世界選手権もチェックできていないのだけど、女子の映像を観る限りは、滑走順って残酷だなぁ──というのが率直な感想。これは去年のコストナーの時も思った事だけれど、どうしても滑走順が早いと点数が抑えられてしまうので厳しいな、と。
 順位だけ覧ると、中野友加里も表彰台に手が届きそうだけど、PCSを覧てしまうと上位陣の中では圧倒的に不利なのが判るし、今年はグランプリシリーズや欧州選手権もチェック不足なので、色んな意味で予想が付かない。
 そして、もうすぐ女子のフリーが始まる時刻なんだけど、安藤美姫は本当に棄権しちゃうのかな……。

 まぁ、とにかく。最近は仕事ばかりしているから、フィギュアスケートもなかなかチェックできないし、それ以外の事にも思うほど手が廻らない。私が勤めている会社は9時から18時までをコアタイムとするフレックス・タイム制(笑)なので、普段は大体8時半くらいまでに出社して22時過ぎくらいまで働く。これで時々早く帰ったりすると、どこかで終電ギリギリまで働いたり休日出勤したりして取り戻す、みたいな感じでバランスを取っている感じなのだ。
 とは言え、そんな生活でも呑み会というのは意外にあって、特に3月に入ってからは年度末という時期柄、社内の呑み会が延々と続いている。『呑み会』なんて銘打たずに、ただ帰りに一杯やってこうなんてのも入れると、ウィークディで酒を呑まない日なんかないってくらい呑んでいる。
 そんな中で最近ちょっと面白かったのが、先日23時半過ぎに会社を上がろうとした時の事。
 偶々似たような時刻に上がるメンバが5人ほどいて、エレベータホールで一緒になったんだけど、それこそ帰り時刻が被ったというただそれだけの理由で、そのまま一緒に呑みに行く事になった。全員終電まではあと1時間くらいあったし、丁度週末だったんだと思う。
 結論から言うと、その日は誰も終電に乗らずに(笑)結局みんなタクシーで帰って行く事になったんだけど、その時のメンバというのが、私以外全員B型だった。そして、20代は私ともうひとりだけで、それ以外は全員30代だった。
 それで、ベルギービール片手に、私が普段の生活について話をすると、皆揃って「お前、絶対B型だろ、寧ろB型になれ。血液検査をして来い」と言う。
 更に、最近生きるのが辛くて辛くて仕方ないといった事を話すると、兄貴分と姉貴分が皆揃って「30代になると楽になるぞ、早くこっちへ来い」と言う。
 こっちってどっちだよと思いつつ、どうせ放っておいたって30代にはなるんだろうし、B型にはなれないのだから、多分今後劇的に何かが変わるなんて事はまず無いのだろうとも思う。でも、こういう格式張ってない、ある意味どうでも良い酒こそが、多分一番美味しいのだろう──なんて思うと、終電ギリギリでも飲みの席を断るのは勿体無いと思ってしまう。断れないし、私から声をかける事だって当然ある。
 時には自分が肴にされる事もあるけれど、そんなふうに甘やかしてもらえるのも年下の特権かね──等とも思うし、年上の人と呑みに行くと、美味しいところに連れて行ってもらえたりして新鮮だし。多少財布が苦しくても、結局のところ呑みに行くのは辞められないんだよな。
 3月はもうそれこそ殆どの日程が埋まっていて、でもそれ以前に仕事もパンパンでどうするんだって感じなんだけど、多分、全部行くんだろうなぁ、とか……思ったりしているのだ。

 いや、でもさ。とりあえず一緒に酒を呑んでくれる人は大切だと、思うんだよねぇ。
posted by HOSHINA Shiho at 02:42| Comment(3) | TrackBack(0) | OL生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

志穂で誕生(BlogPet)

きょうねりなは、志穂で瀕死みたいな結論するつもりだった?
だけど、きのう、志穂で誕生ー!

*このエントリは、ブログペットの「ねりな」が書きました。
posted by HOSHINA Shiho at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

ロートレック展

 8日は残念ながら会議があって休日出勤したのだけれど、サントリー美術館で開催されている『開館記念特別展「ロートレック展 パリ、美しき時代を生きて」』の最終日も迫っていたので、会議が終わった後、慌てて六本木ミッドタウンまで行ってきました。
 私はこれといって印象派に思い入れがある方ではないし、最近でも印象派の展覧会は何気に外している気もするのですが……ただ、トゥールーズ・ロートレックについてはちょっと興味がありまして。彼の絵で印象的なのは、何と言っても『ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ』。Googleなどの検索エンジンでイメージ検索してみると「あ、これ見た事ある!」と思い至る人も沢山いると思います。
 このロートレックと同時代のポスター画家と言えば、アルフォンス・ミュシャなんかも思い浮かぶのですが、ロートレックにミュシャと来ると、個人的に連想するのは秋乃茉莉。
 私は以前から幾度かお話している通り、秋乃茉莉という漫画家が大好きなのですが、この人のコミックスの表紙を眺めていると、かなりミュシャに影響されているのが判ります。もっとも、高校時代の同級生のひとりは「ミュシャに影響を受けていない漫画家なんているの?」などと宣っていた事もあるので、これ自体は特に珍しい事ではないのかも知れませんが。(笑)
 ただ、この人の場合、コミックスの中に登場するキャラクタの表情などは、寧ろロートレックに近いように思うんですよね。代表作のひとつでもある『Petshop of Horrors』、特にアメリカが舞台だった初期の頃の伯爵の表情なんか、物凄くロートレックっぽい。最近の作品では『怪盗アレキサンドライト』なんかも、丁度この辺りの時代が作品の舞台になっていて、絵の雰囲気も相まって非常に素敵です。
 話が脱線しましたが、私にとってのロートレックは、実はそういう、ちょっと邪道なきっかけで興味が沸いた画家だったりするのです。彼の描く人物の、その見得を切ったような表情なんかが、秋乃茉莉のコミックスに出てくるキャラクター達の表情と物凄く被って視えたんですよね。
 とは言え。
 やはり館内に入ってしまえば、ロートレックの描く、気怠げな女性達の雰囲気は圧巻。閉館時刻ぎりぎりまで、2時間程はたっぷりとその世界を堪能させていただきました。

 秋乃ファンなら必見──という訳ではありませんし(笑)、ロートレックはそういった部分を差し引いても好きな画家のひとりですから、これは純粋なお奨めです。もう今回の展覧会は終了していますが、『ディヴァン・ジャポネ』や『快楽の女王』なんかは、いつか部屋に飾ってみたい──と、そう憧れるくらい素敵な絵ですので、機会がありましたら是非、本物の彼の絵を観てみる事をお奨めします。
posted by HOSHINA Shiho at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

憬れの、小田原の海へ。

 私が『炎の蜃気楼』シリーズを読み始めたのは高校生の頃で、当時の私は、この小説に非常に影響を受けた。
 同じ日本史好きでも、どちらかと言えば幕末一辺倒だった嗜好が戦国時代にも目が向くようになったのはこの小説のお陰だし、例えば太宰の描くユダや、『アマデウス』のサリエリといった人物の抱える愛憎入り交じる想いを(自分なりに)理解したのも、この小説があったからだ。

 さて。
 当時、この小説はとても流行っていて、去る年の7月に主人公の誕生パーティというのが開催された。公式のイベントではなかったけれど、池袋のホテルの宴会場で、ケーキ食べてクイズやって……みたいな(笑)割と大きなイベントだったように記憶している。規模的には数百人程度だったかな。手元に当時のペーパーが残ってないから、具体的な規模や内容なんかは何とも言えないけど。何しろ、もう10年から昔の話だし。
 で、そのイベントの時に偶々同じテーブルになったお姉さんが、「このイベントが終わった後、その足で小田原城に行こうと思ってるんだけど一緒に行く?」と訊いて来た。池袋から小田原までなら、新宿からロマンスカーに乗れば大した距離でもないし、イベント自体もお昼の開催だった事もあって、既に数人小田原行きの賛同者が出ていた。
 小田原城は、同小説の中でも殊に人気のある『覇者の魔鏡』の舞台のひとつで、上杉景虎(北条三郎)の故郷でもあったし、何よりその日は彼の誕生パーティだったのだから、これはある意味至極当然の流れとも言えた。
 しかし、私は行かなかった。
 というより行けなかった。単純にお金がなかったし、それ以上に、小田原という地が遠かった。私は追っかけの習慣なんかもなかったから、具体的にどう行ってどう戻ってくるのか、それにどれくらいのお金がかかるのか、さっぱり判らなかったのだ。
 だから、諦めてしまった。
 やがて進学して一人暮らしを始め、小田原までの距離はずっと縮まる事になったけれど、それでも私は、終に小田原に行くことはなかった。

 ところが、何故か小田原へ行く機会というのが突然巡って来た。つい先月の話である。話の流れで、とにかく小田原へ行くことになった。
 小田原行きが決まった瞬間は、「あの日からもう10年は経ってるよなぁ」と思った。「季節が夏なら、7月23日が良かったな」とも思った。でも、多分行くなら今だったんだろうなぁ、と──これは後で痛感した事。人間、辛い時には、楽しかった頃の事を想って浮上する必要がある場合もある。きっと今が、行くには絶好の機会だったのだろう。
 小田原城に足を踏み入れたのは、2月23日。酷い強風だったけれど、天気は上々。天守閣からは、小田原の海が観えた。
 やっと辿り着いた、小田原城からの、穏やかな海の眺め。10年以上前からずっと憬れていた風景。小説は手元になかったけれど、北条兄弟の会話を思い出し、誕生パーティの日の事を思い出し、寒風吹きすさぶ天守閣で、暫く海を眺めていた。
 あの日、ここに来られていたら、私は彼女達とどんな話が出来ただろう。イベントはR15指定だったから、私は参加した人々の中でも一番下の部類の年頃だったと思う。きっと恥ずかしい想いも沢山しただろうな──とか、そんな事を、考えていた。

 得るものがあったのかなかったのか、どうも判らない。ずっと憬れ続けていた風景を観る事ができた。でも、それについてどれくらいの感慨があったのか、なかったのか。
 日々の仕事に追われて、環境の変化に動揺して。
 そんな最中にあの海を観る事で、私は落ち着きを取り戻す事ができたのだろうか。正直なところ、全然そんな気がしないのだけれど……。
 でも、とにかく、行けて良かった。
 どういう形であれ、憬れ続けた風景を、やっと目にする事ができたのだから。今のところは、とりあえあずこれで良しとしておきたい。

 月曜からまた働かなきゃならないし、今日ももう、寝るか。
posted by HOSHINA Shiho at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々是雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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