2006年02月28日

現在、そこにいる王者に。

 トリノ五輪、フィギュアスケートのエキシビションを、通しで既に3度ほど観た。最初は寝ぼけ眼のLive、次は同僚ちゃんと一緒に騒ぎながら。そして今、独りで酌を傾けながら。

 本当は、一通りじっくりと観終わったら、今度こそエキシビションの感想を書こうと思っていた。
 けれど、改めてマートンのヴァイオリンでトスカを滑るプルシェンコを観てしまったら、ここに書く事が殆どなくなってしまった。
 ――愉しそう。思い切り、滑れて。採点基準もメダルの色も意識することなく……勿論、今彼がいる場所自体が、その戦いの覇者にのみ与えられたステージでもあるのだけど。どちらにしても、もうこの人の往く手を邪魔する相手はどこにもいない。観衆の視線を独り占めにして、自由に滑る事ができる。パラヴェーラに響く観衆の声も、露西亜国歌も、マートンの奏でるヴァイオリンの旋律さえも、全て貴方の物だ。

 本当は、書きたいことが沢山あった。今回のオリンピックでは、その直前から終わりまで、今まで「こういう事は書かないようにしよう」って思っていた事を、沢山書いてしまった。勢いに乗って、今日も色々書いてしまおうかと思ったけれど……。プルシェンコが金を獲れた事。そして、彼がこのトリノ五輪におけるフィギュアスケートという競技の主役であれた事。
 それで、もういいや。だって、私の今度のオリンピックの望みは、どう考えてもそれだった。4年前にどうしても手が届かなかったものを、更にシャープになったその滑りで、今度こそ手に入れて欲しかった。天才のその名を、今度こそ五輪に刻んで欲しかった。既にその戦功はヤグディンを超えているのだから、五輪の金さえ手に入れられれば、彼はもう、全ての呪縛から解き放たれて自由になれるのだからと、そう思っていたし。

 彼がヤグディンの呪縛から解き放たれたかどうかは、私には判らない。もしかしたら、もっともっと時間がかかることなのかもしれないし。こういうのは、本人達同士にしか解らない事だし、私が解る必要もない事だ。ただ、エキシビションを観る限り、彼は少なくともあの場では、ヤグディンを始めとした他の選手に固執しているようには視えなかった。プルシェンコは、プルシェンコであるように視えた。

 今、そこに出現した五輪の覇者を、なんと形容したものか。私みたいな貧弱な語彙で、この人をどう語れば良いのか。少なくとも今は、云える事など殆どない。ただもう少し、プルシェンコの滑りに浸っていたい。もう暫くは、覇者のステップを眺めながら。

 次にプルシェンコを語れる時が来るのを、楽しみに待とうと思う。
posted by HOSHINA Shiho at 02:36| Comment(2) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

スルツカヤのフリースケーティングに寄せて。

 トリノ五輪、フィギュアスケート女子シングル、フリースケーティングの取りを務めたイリーナ・スルツカヤが転倒した瞬間を、私は多分忘れないと思う。ここ最近の彼女の滑りは常に安定してるように視えていただけに、私にとっては、それこそプルシェンコのソルトレーク五輪での転倒と同じくらいの衝撃があった。
 元々かなりの投薬を受けていることは有名だったし、今大会の直前にも体調を崩したとかで、コンディションが万全でなかったとも聞く。それでも矢張りあの瞬間は、「え。この人転ぶの?」と目を見開いてしまった。
 彼女もまたプルシェンコと同様、五輪のタイトルを長く目標にしてきた選手だったと認識している。でも、彼女の場合は学年的に私と同い年。二十代の内に迎える事のできる冬の五輪は、これが最後だった。心臓の病と、年齢と。体力的にも、これがきっとスルツカヤにとっての最後の五輪だったはずだ。
 あの日の時点で、ロシアはこのトリノ五輪、アイスダンス、ペア、男子シングルと、既にフィギュアの全ての種目に於いて金メダルを制覇。残すところは女子シングルのみ――という状況だった。彼女自身の意思以上に、ロシア国民の期待をも一手に引き受けることになった、イリーナ・スルツカヤ。
 万全でない体調に加えて、その重圧はいかばかりであっただろう。
 結局、彼女が金メダルを獲れなかった事で、ロシアは今大会に於けるフィギュア全種目制覇も逃す事になってしまった。私は当然、女子シングルの金メダルはスルツカヤのものだと信じて疑ってなかったので、やっぱり女子の順位が出た時には、何て残酷なんだ、この状況……と思ったし、会社を午前休して不貞寝しようかと思った。いや、ちゃんと出勤したけど。

 That's Life ――と、彼女は繰り返すのだそうだ。――それが人生というものだ、と。思い通りに行かないのが、人生なのだと。

 彼女は強い。フィギュアスケートが好きだからと、その強靭な精神力で、難病の淵から甦ってきた。私はここ最近の彼女を観るにつけ、いつもバレエの『瀕死の白鳥』を思い出した。投薬を続けながら、それでも力強く跳ぶ彼女を、氷上で常に微笑を絶やさない彼女を、尊敬していた。彼女のプロで白鳥を使ったものに記憶はないのだけど、それでも私は何故かいつも、病魔と戦いながら滑る彼女のスケーティングを観る度に、最後の力を振り絞って羽ばたく白鳥のようだと、そう思っていた。
 終に五輪で金メダルを獲る事が叶わなかった白鳥。
 それでも、この人の弾むようなジャンプを、私は忘れない。常に絶やす事のない、その勝気な笑みも。

 でも。

 やっぱり欲しかったよね、金メダル。
posted by HOSHINA Shiho at 14:31| Comment(4) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

カテゴリ新設。

 トリノ五輪も、もうフィギュアスケートの男子シングルがほぼ終了しているので、これからは若干落ち着いてくるとは思うのですが、流石に五輪の最中は、フィギュアスケート関連の記事を捜してこのページに辿り着く方が多いようなので、「フィギュアスケート」のカテゴリを新設しました。今までは、会場観戦した場合は「美術展覧会・公演」で、それ以外はほぼ「日々是雑談」で分類していたのですが、ちょっと不便っぽかったもんで。
posted by HOSHINA Shiho at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

メダルの先に、孤高の途はまだ続く。

 トリノのフィギュアスケート男子シングルが終了して、あちこちの方の意見も読ませていただいて、何だかやっと、ちょっとだけ落ち着いてきた。
 で、今回のプルシェンコのフリースケーティングに対して物申す人々の中には、何となく二種類のタイプがいるように思えた。ひとつは、プルシェンコの滑りそのものに対して批判的な感じの方々。そしてもうひとつは、プルシェンコがそんな滑りをせざるを得なくなってしまった環境を、嘆く感じの方々。前者はプルシェンコに対する意見で、後者はどちらかというと新採点や、ヤグディンの引退といったような、周囲の状況に対する悲観――なのかな。あくまで私の感想だし、それが全てという事ではないです。両方を兼ね備えた記事も勿論目にしましたし。
 私はどちらかというと偏執狂なファンだから、どうしても彼に対して批判的な事を考えるのが難しいのだと思う。だから、分類するとすれば後者かな。そもそも、批判なんてする気もないし。私はただ、哀しかっただけだから。

 若く健康な肉体で、目の前にいる好敵手を相手にトップを争って戦い続ける事と、故障を抱えた肉体で、唯独り自身とのみ戦いながら、トップを維持し続けること。
 私は凡人だから、天才にとってどちらが苦しいのかは判らない。でも、一度でも同じ高さを跳び上がる相手がいる状況を経験してしまったら、やっぱり誰か、それがどんな嫌な奴でも、いないよりかはいる方が、愉しかったと思えるんじゃないのかな、とは――思ってしまう。
 でも、だからと言って、それが例え一人勝ちの舞台であっても、プルシェンコが手抜きをして良い理由にはならない。と言うよりそもそも私は、彼が手抜きをしたとも思ってないし……。彼は、彼なりに金を獲りに行った。それは間違いない。だって、肉体に故障を抱えながらも、4年もの間待ったのだから。
 ただ、今度の戦いでは、4年前ほどの血湧き肉踊るような高揚感はなかっただろうな、とだけ思う。そしてそれが、ファンとして遣り切れなかっただけだ。

 何だか、今更ながらにソルトレークの負けが口惜しい。ホント、口惜しいなぁ。ソルトレークを観ていた当時は何とも思わなかったのに。まだプルシェンコには次があるし、それこそヤグディンは体力的に次は劣ってくるだろうって、当たり前のように思ってたから。だから――これで良いのだと、これがあるべき自然な流れだとさえ、考えていた。
 でも、いざプルシェンコが金メダルを手にした途端、ヤグディンがもう現役でなくなってしまっていた事が、こんなにも癪に障るとは。プルシェンコのフリースケーティングに覇気が感じられなかったのは、あくまで私の主観の問題だし、決してヤグディンの所為じゃない。だってヤグディンは、何処ぞのインタビューでちゃんと言ってたそうだから。「今回の五輪は、プルシェンコが金を獲るべきだ」って。それは本音なのだろうな。だってもう、彼はその戦いを観てるだけなのだし。

 う〜ん……。私もヤグディン派だったら良かったかな。
 ヤグディンのウィンターが好きだ。プルシェンコのカルメンも大好きだ。実は、もっともっとキャンデロロのダルタニアンが大好きなんだけど。(笑)でも全部、忘れられない。
 オリンピックは、4年にたったの1度だけ。ソルトレークで4回転に挑んだ選手達は、故障と新採点の荒波に呑まれ次々と姿を消した。アスリートにとっての4年は斯くも残酷だ。今期に関しては、それもまた殊に顕著だったように思う。
 プルシェンコの欲しかったものをその軽やかなステップで一足先に奪い獲り、高笑いでその戦いに終止符を打った、ソルトレーク五輪の覇王ヤグディン。
 でも、それを恨めしく思うのは、私みたいな偏執狂なファンだけで良いように思う。プルシェンコは天才だから、これからも唯独り、誰も手の届かないであろうその高みを歩み続けなければならないのだろうし。その途は、とりあえずはまだまだ、続いて往くのだろうし。
 プルシェンコにとって、五輪はひとつの通過点。やっと通過点に、なったばかりだ。
 もうこうなったら、ずっとプルシェンコ派として応援し続けるから、これからも頑張ってほしいと思う。その途が、続く限りは。
posted by HOSHINA Shiho at 03:40| Comment(4) | TrackBack(1) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

もう在ない『史上最高最強の王者』の幻影。

 3時過ぎから7時30分までTVに張り付いて男子フィギュアのフリーを観戦し、そのまま出勤。帰宅してページを更新しようと思ったら、Seesaaブログ二日連続で延々とメンテナンスって、某サイトの管理画面じゃないんだから……。(笑)Seesaaは更新も重いし、オリンピック男子フィギュアスケートが一番肝心な時にメンテナンスしちゃうしで、微妙に使い勝手が悪いな。それでも有料のASPサービスを利用する位なら、プロバイダが提供してくれるものを使うけど。そんな訳で、今晩もまたメンテナンスがあるようです。

 さて。
 トリノオリンピック、フィギュアスケート男子シングル表彰式の映像をを観る事ができました。プルシェンコが登場した時の、「この日の為に4年待ちました」という実況に涙が。やっと手に入れた、悲願の金メダル。自分の為に流れる露西亜国歌。ランビエールも泣いてるし、プルシェンコもほんの少しだけ、微笑んでいたように見えた。でも、少しだけ。
 ヤグディンが現役で、同じく出場したオリンピックで金メダルを取れたのなら、本当はもっと嬉しかったんだろうな。彼はこれから先の人生では決して得ることの出来ない『史上最高最強の王者』という称号を得た人間――ヤグディンの影を一生背負って、歩んでいくのだろう。過ぎた時間は戻らない。もう既に同じフィールドに存在しない人間の影を越える事はできない。どんなに沢山のメダルを獲得しても、どんなに沢山の称号を得ても、「オリンピックの舞台でヤグディンに勝った」という事実だけは、これからの彼の人生では得ることは出来ないのだ。そして、このトリノの大舞台は、彼が望んだメダルを手に入れることを赦しこそすれ、武田信玄と上杉謙信みたいな、互いが奮い立つような好敵手を与えてくれはしなかった。でも、ここ数年彼は怪我に苦しんだ。彼がお得意のビールマンスピンをしなかったのは、しなくても金が獲れるからではないのだろう。多分もう、出来ない……。もしこれで、また別の天才が同時期に現れたりしら、私は多分、何かを呪った気もする。でも、ヤグディンという敵を喪ったプルシェンコは、そんな相手が出てくることを望んでいたかもしれないとも思う。その相手に勝利してこそ、プルシェンコは4年前に望んだものを手に入れられたのかも知れないと。判らないけど。そんな事、本人しか解らないけど。

 結局、何度もここで言及した4回転については、銀メダルのランビエールもプルシェンコと同じコンビネーションで成功させたし、銅メダルのバトルも転倒こそしたものの挑戦してくれて、何だか嬉しかったです。バトルについては、ショートプログラムであれだけ酷い出来だったのにも関わらず、転倒を覚悟で挑戦した事については、非常に敬意を表したいと思います。うん、凄く嬉しい。バトルのスケーティング、物凄く綺麗だもの。4回転が成功したら、鬼に金棒だね。

 でも私、やっぱり同じオリンピックのプルシェンコの演技なら、今はまだソルトレークのカルメンの方が好きみたいだ。前半の曲の節目節目にひたすらジャンプを持ってきて、ザヤックルールの都合上後半やることなくなったのか、物凄い強烈なステップ踏んで、刺して、ビールマンスピンで決めて。
 得点が出た時点で、「本田を抜いてトップに立ちました」という実況も、今聞くとちょっと違った感慨がある。当時は「当 然 だ ろ 。」としか思わなかったけど。当時、本田ファンじゃなかったからね。(笑)まだ本田も現役だったし。

 あとはエキシビションかぁ。プルシェンコが何をしてくれるのか、かなり愉しみだ。彼はエンタティナだから、きっと去年の6月に日本で見せてくれたものとは違うものを準備してくれる気がする。そしてその新しいエキシビションが、もしかしたら3月には日本で観られるかな。
 次のオリンピックの事なんて判らない。4年は長い。本田だって、4年前は「次のオリンピックまで、全日本のタイトルは譲らない」って言ってたんだからさ。
posted by HOSHINA Shiho at 20:05| Comment(4) | TrackBack(2) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月16日

クワドラプル・ジャンパに賛辞を。

挑戦、それとも完成度?=ペアの大技に考え方さまざま(時事通信)

 相変わらず、旧採点方式も新採点方式もさして理解できていない素人のまま、フィギュアスケートを熱苦しく語ってしまう今日この頃なのですが。
 とにかく詳しいことはさっぱり解からないのだけど、採点方式が現行のものに変わった事で、「難易度の高い危険な技」に挑戦する事に対しての認識は随分変わったようである。私のような素人でも「?」と思う事が多々あるのだから、その状況の激変たるや、想像に難くないというもの。私の場合は、最近度々男子の4回転に関して書いているけれど、実際この4回転も「難易度の高い危険な技」のひとつである。
 4回転に挑戦する事で、選手の肉体にどれ位の負担がかかるのか――私は寡聞にして、それを識らない。ただ、本田武史にしてもアレクセイ・ヤグディンにしても、4回転への挑戦が選手生命を縮めた事は否めないのだろう……とは思う。それに本田はトゥループとサルコウを跳べていたけれど、あのヤグディンにしてトゥループしか跳べてなかったところを視ると、クワドラプル・アクセルとかは、もう人外の技術なんだろうなぁ――とも思う。
 ソルトレークシティ五輪の頃は、4回転を跳べなければメダルには到底手が届かなかった。本田は4回転を跳べても、矢張りメダルを手にする事はなかった。そうして世間の風潮は、次の五輪ではショートプログラムでも4回転3回転のコンビネーションジャンプを跳ぶくらいでなければ、もうメダルには手が届くまいよ――という方向に流れていったように思われた、が。
 どうも採点ルールが変更された事で、難易度の高いジャンプへの挑戦は、転倒が大きな減点対象になりこそすれ、成功しても然程に利点は生じなくなってしまったようである。そうして現場の認識は「難易度の高い危険な技は新採点の下では必要ない」――と、これが現実のようだ。実際、男子シングルでもショートプログラム終了時点でジョニー・ウィアーが4回転なしで2位に着けている。個人的にはジョニー・ウィアーやジェフリー・バトルみたいなタイプの演技も大好きなのだけど、でも五輪のメダリストが4回転なしというのはちょっと……とも思ってしまう訳である。

 さて。
 私は、リンク先記事のマリニンの発言は「アリ」と思えなくもないけれど、男子シングルの4回転ジャンプが激減している事については、非常に懐疑的――というより、否定的だ。理由があるとすれば、4回転ジャンプそのものが世界初でも何でもなく、既に前回の五輪に於いて「跳べなきゃメダルが取れなくて当たり前」という風潮が存在したレベルの技術である事に拠る。確かに4回転は難易度の高い、選手生命を縮める可能性も否定できない危険な技術でもあるのだろう。しかし、あくまで観戦する側として、ソルトレークシティ五輪を観てしまった以上、技術を敢えてデグレードさせる意味を問いたくなってしまうのだ。
 既存の技術の確実性を高める事と、難易度の高い技に挑戦し続ける事。どちらが己の限界を問う事なのか。そして、新しい技術や革新的な試み、限界の記録に挑む事を辞め、守りに廻る事で得る称号とは何なのだろう――と、そんな事を考えてしまう。
 大体、今後の五輪の度に「ソルトレークではメダリスト全員が4回転ジャンパだったのに、今回は云々」と比較されるような事になったら、悔しい想いをするのは選手達自身ではないか。だってこれは、ヤグディンとプルシェンコは天才だったから仕様がない、なんて話とは全く意味が異なる。ヤグディン達とのレベルの比較はあくまで彼らへのリスペクトだけど、五輪そのもののレベルを問われたら、それはその時代に生きた選手達を全否定されているのに他ならない。
 私は元々プルシェンコが好きだったけれど、この新採点時代に入って、プルシェンコの金をここまで切望するとは思わなかったというのが本音だ。新採点を嘲るように決まる美しいステップと、完璧なクワドラプル。この人が金を取れなくてどうするよ。4回転を決めての金メダルこそ、ソルトレークで戦った同志達へのリスペクトであり、トリビュートになるだろうと――4回転に挑戦し続ける選手達は、それを解っているのだろうと、私はそう思う。

 そう思うよ。
posted by HOSHINA Shiho at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

トリノ五輪の季節を、過去に向かって走る。

 ただ今、日本時刻4時50分。トリノオリンピックの開会式真っ最中である、が。


 ――長野オリンピックの時の事を、今でも折に触れて思い出す。

 フィリップ・キャンデロロという選手の名前を、初めてきちんと覚えたオリンピックだ。私がフィギュアスケートの試合に足を運ぶ切っ掛けにもなった、とても影響を受けた大会である。
 しかし、キャンデロロはその4年後に開かれるソルトレイクシティオリンピックでは、既に現役を引退していた。
 ソルトレイクシティ五輪と言えば、フィギュアスケート男子シングルの技術はここに極まれり――という程にレベルが高くなった時代で、ヤグディンとプルシェンコの天才対決に世界中の注目が集まった。また、ペアの八百長疑惑も大いに湧いた。金メダル2個なんて、1位が旧東側体制国且つ2位が旧西側体制国で、共にアングロサクソンじゃなきゃ絶対出ない――なんて話は4年前にも書いたとおり。
 しかし私はその頃、既に引退したキャンデロロを想い、キャンデロロが観たくて仕方がなかった。長野オリンピックのキャンデロロの勇姿ばかりを思い出し、ヤグディンの金メダルも、当時既にちょっと好きだったプルシェンコの銀メダルも、入賞を果たした本田武史の事も、全く眼に入らなかった。ただ、キャンデロロに焦がれ、金メダルを売る様な政治的色合いを帯びたオリンピックという大会を、虚しく思っただけだった。
 そしてまた月日は過ぎ、トリノオリンピックがやって来た。フィギュアスケートは採点方式が変わった。旧採点を生きた選手の「我々は機械じゃない」という悲痛な叫びと、「これじゃフリースケーティングというより、ロングプログラムだ」という人々の皮肉を物ともせず、4回転を跳べない選手が平然とメダルを狙ってくる、新採点方式のオリンピックが開幕した。
 ここに来て私は、今度は4年前に過ぎ去ったソルトレイクシティオリンピックに想いを馳せる。ヤグディンもプルシェンコも、ゲーブルも本田もみんな4回転を跳んでいた。ショートプログラムで2位につけても、終にメダルを取れなかった本田武史。テクニカルメリット最高点の6.0を幾つも叩き出したヤグディンのウィンター。幼い頃から神童と呼ばれ、天才の渾名を欲しいままにしていたプルシェンコの演技で初めて観た、着地の失敗。そんな過去の映像を、私は人々がトリノに熱狂するこの時期に追いかける。

 ソルトレイクシティ程の戦いは、多分私が生きている間にはもう観る事はないのかも知れない。トリノへの期待は日に日に薄くなり、苛つきが増した。もう、とうの昔にキャンデロロはいない。アブトもヤグディンもいなくなり、遂に本田武史もいなくなってしまった。
 時代は流れる。
 消え往く本質的に『フリー』なフリープログラムと、クワドラプル・ジャンパ達。
 そこに、プルシェンコだけが踏み留まっている。
 プルシェンコの跡に、前回のオリンピックに対する拘り故か、4回転への挑戦を棄てない選手達が細く続く。

 順当に行けば、金メダルはプルシェンコのものだろう。今回はそれを願って止まない。高橋には、まだメダルなんて早過ぎる。彼は5位以下の順位をつけて帰ってくるくらいで丁度良いと、本気でそう思う。だって彼は、4回転を跳べない。日本人の体格でも4回転を跳べるのだと、それを証明した本田の為にも、跳んで欲しい。その先にあるメダルなら、どんなにか嬉しいだろう。でも、それでも今回は4位までだ。

 まだソルトレイクシティ五輪から4年。せめて私が生きている間だけでも――というより、私が執着を手放せない間だけでも、メダルはクワドラプル・ジャンパ達のものであって欲しい。そんなふうに思う。

 素人の我侭だけどね。
posted by HOSHINA Shiho at 04:53| Comment(5) | TrackBack(1) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

他人様の幸せを横目に。(BlogPet)

きょうはここでミスする? 尤も志穂はここへ志穂で大学に帰宅しなかったよ。 尤も志穂は披露宴っぽい活躍したかも。 *このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ねりな」が書きました。
posted by HOSHINA Shiho at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

今思い知る、GPFの違和感 - クワドラプルのないフィギュア。

 トリノ五輪まであと少しなので、またフィギュアスケートの話をする。ただ、今回はある意味とっても失礼な事を堂々と語るので、怒る人もいるかも知れない。でも、これは保科志穂という素人の個人的な感覚の問題だし、本田武史の引退にかなり当てられてる部分もあると思うので、一個人の意見として読み流して欲しい。

 私はもう本当に本当に素人なので、特に新になってからの採点ルールについてはかなり曖昧だ。新旧問わず、やっちゃいけない事とかはそれなりに判るけど(ロロスピンとかバック転とかな。)、各技術の名称とかもアバウトにしか覚えてない。ジャンプの回数とか種類も、さっぱり見分けがつかない。そりゃ会場観戦だと、4回転であれば流石に「あ、今のって違う!」って程度には判るけど。でもそれが明確に4回転だと見分けがついているのかというと、決してそうではない。
 さて。その程度の知識と動体視力しかない人間が、何故かグランプリファイナルだけは、日本開催(会場は代々木)の度に足を運んでいるという不思議。とにかく、ついこの前も2005-06年のファイナルに行ってきた訳だけど……実は、男子シングルを観てる間、物凄く違和感があった。何故かと言うと、もう殆ど憶えていないのにも関わらず、2000-01年のファイナルの時の方が迫力があったような気がしたからだ。とは言え、あの時は日本人選手が全然出てなかったし、ソルトレイクの前だったこともあって「知らない選手ばっかりだな」みたいな感じでもあったから、単純に外人の多さに圧倒されただけなのかなぁ、とか思って暫くは気にしなかった。でも、その後に全日本のメダリストオンアイスを観に行って、違和感は更に膨れ上がった。その時も書いているけれど、既に引退済みのヤグディンと今季で引退の本田が、高橋や織田より、どう観ても一番巧いように視えたのだ。どう観ても――と言うのは、前々週のグランプリファイナルを含めて観ても、という意味で。しかし、この理由は年末年始にフィギュアスケートの映像を幾つか観ていく内に、程なくして知れた。
 2001年と2005年では、男子全体のジャンプの質が違うのだ。成功率も回転数も違う。2001年の男子のレベルが異常に高い。その時の出場選手にはヤグディン、プルシェンコ、ゲーブルと、翌年のソルトレーク五輪の金銀銅メダリストが揃ってる。ソルトレークの時は、本田武史もショートプログラムの時点で2位に着けていた。そうして彼らは皆、最盛期には4回転のジャンプを跳ぶ事ができた選手だ。(プルシェンコはまだ跳べるけど。)確か、4回転で跳べるジャンプの種類も、複数持っていたはず。無論、ヤグディンにしても本田にしても、4回転を跳ぶことで選手生命が短くなってしまった事は否めないのだろう。それでも本田は、今シーズンも4回転に拘っていた。最後のインタビューでも、彼は繰り返し「4回転抜きのプログラムにすることはプライドが許さない」と語っていた。ヤグディンとプルシェンコとゲーブルと、4回転を跳ぶ選手達と、張り合ってきた時代があるのだ。
 繰り返すようだけど、新採点のルールが殆ど解らない。TVの解説を聞かないと、ジャンプの回転数の見分けがつかない。素人なのだ。だから余計、判らない。私は最近、男子の4回転をまともに観た事があったのだろうか。多分、ない気がする。採点ルールが解からないんだけど、とにかく今の採点方法だと、4回転を跳ぶ必要がないらしい。ちょっと前まで、4回転を跳ばないとメダルなんて手が届かなかった時代があったのに。複数の4回転を持っていても、メダルに手が届かない選手だっていたのに。今は誰も4回転を跳ばない。跳ばなくても、優勝できる。
 先の四大陸選手権では、織田が優勝したのだという。織田はちょっと前のインタビューで「4回転は半分以上の確率でちゃんと降りていた」って応えてる。ということは、成功率は6割〜8割ってところなのだろう。(9割飛べれば、本戦でも跳ぶだろうし。)本田は2003年の同大会で、フリースケーティングで2種類3度の4回転ジャンプを跳んで優勝している。彼は世界でもトップレベルの4回転ジャンパだった。その時点に於いては、プルシェンコに勝っていた節さえあった。しかし、それからたった3年しか経っていない今季。織田はあの滑りで四大陸選手権で優勝してしまった――彼は4回転を一度も跳ばなかった。それでも優勝は優勝。しかし――それは今季で引退する世界の本田武史に、余りにも失礼ではないか?

 あれだけ跳ばなきゃ、寧ろあれだけ跳んでも、彼は終にオリンピックでメダルを手にすることもなかったというのに。

 私は(旧採点の)技術点で6.0なんて、ヤグディンとプルシェンコと本田以外では、終に観る事がなかった。ヤグディンとプルシェンコは、本当に天与の才を持っていた。この点については、本田は運が良かったとも悪かったとも思う。彼らが凄すぎて、世界の頂点に立つ事が適わなかった事については、本当に運が悪かった。あと、ほんの少し遅く生まれていれば、現在のように4回転を跳ばなくても優勝することができる時代であったなら、彼ももう少し長く現役でいられたとも思うし、高橋も織田も足元にも及ばない圧倒的な技術力で、日本王者――というよりは、世界王者として君臨できただろう。でも、彼は男子シングルの黄金期に、世界のトップとタメ張って滑り続けたという実績が残ってる。シニアデビュー戦でキャンデロロやストイコと同じグループで滑り、時にヤグディンにジャンプを教え、プルシェンコと語った。複数の4回転のレパートリを跳べるのは、そんな時代に生きたからこそであろう。今現在、それが可能な人間が、世界に何人いる事か。というか、この記事を書きながら泣いている私は何なんだ………………………なんで世界レベルでデグレードしてんだよ。懐古主義は年寄りくさくて嫌なのに、何で心の底から、涙が出るほどにそれを悔しいと思うのか。

 今年のトリノ五輪を楽しみにしている。クワドラプル無しの金メダリストが出たら、それはもう本当に、プルシェンコや本田に対する侮辱だと、私はそう思う。クワドラプル無しで来るなら、それだけのものを、我々に見せろ。


 しかし、元々ヤグディンとプルシェンコならプルシェンコ派だった私が、本田の引退でこの有様とは。プルシェンコ引退の時にはどうなっちゃうんだろう……。
posted by HOSHINA Shiho at 01:19| Comment(6) | TrackBack(0) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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