2009年06月27日

ドリーム オン アイス 2009 フィギュアスケート日本代表エキシビション

 と言う訳で、今年も新横浜プリンスホテルスケートセンターで開催された『Dreams On Ice 2009 フィギュアスケート日本代表エキシビション』の千秋楽公演に行って参りました。
 実は今回のDOIに関しては21日のお昼の公演も観ているのですが、この回は諸般の事情があり、直前になってチケットを1枚余らせてしまいました……。う〜ん、一応おけぴネットやTwitterでチケットをお譲りする旨呼びかけてはみたのですが、これまた全く反応がなくて、意外と言うか、残念と言うか。折角なので、観たい方がいたならお譲りしたかったのですが……難しいな。

 さて。今回のDOIで何が驚いたかと言うと……ジュニアの女子の出場選手が去年と全く入れ替わってしまった事。
 例えば、今はシニアに上がってしまっている選手ですが、武田奈也、澤田亜紀、浅田舞──この3人は、ジュニアの頃はかなり安定していて、毎回のようにDOIやMOIに登場して来る選手でした。世代が被っていた事もあって、私なんぞはこの3人をセットで憶えていたくらいで。それでもシニアに行ってからはここ2年程、澤田と舞はこの手のイベントには出場してきません。グランプリシリーズに出場しながら、安定した活躍をしているのは武田だけ。シニアの世界と言うのはそれ程までに厳しい──と、言うのに。
 現在はジュニアにあって出場選手全員が毎年入れ替わってしまう状態というのが、何とも日本の厳しい現実を現しているなぁ、と。
 逆に男子の方は年を追うごとに安定感が増して来ている気もするので、全体を通して観た時には、男女間の格差みたいなものはなくなってきている印象もあるのですが。
 とにもかくにも、今日には地上波でテレビ放映があると思うので、とりあえず例年通り、滑走順にひとりひとり感想。

 藤澤亮子は『コットン・アイ・ジョー』というのかな? まだ子供っぽい体型ですが、実績は凄いんだよね……。
 村上大介。プロは何かのメドレーなのかな。滑っているときの表情が楽しそうで、将来が楽しみ! こういう選手の滑りは観ていて楽しいです。
 村上佳菜子『ヘアスプレー』。技の繋ぎがぶっつんぶっつん切れている印象があって、観ていて落ち着かないというか……。そればっかりが気になってしまいました。
 町田樹のプロは、多分アレンジされた『マイウェイ』かな? 彼は昨年のDOIには出ていませんでしたが、一昨年の自分の感想を確認する限りでは(笑)以前より相当良くなってるんだろうなぁ、と。
 鈴木真梨は『シェルブールの雨傘』。初めて見る選手だったのですが……ちょっとまだ路線迷い中?
 羽生結弦は『ミッション・インポッシブル』……衣装がこう……いつぞやのブライアン・ジュベール的というか。ああ、でも体の柔らかさは相変わらずで流石。男子であの背中反らすタイプのイナバウアーをプロに入れているというのはある意味画期的というか。ジャンプが尽くコケまくっていた去年を思うと、すっごく安定してきていて、素敵になったなぁ、と。彼はフィナーレ終了後のおまけで4回転3回転入ってて、そっちを観た時も、随分成長したじゃないか!──などと勝手に感慨深くなってしまったりして……。勿論、競技プロにこれを入れるのは相当至難の技ですが。
 今井遥の『フェスタ・フラメンカ』は今期のショートプログラムなのですね。
 武田奈也は体型が豊かになったというか。ジュニアの頃はひょろっと高いイメージが強かったので、個人的には、ここ1,2年で随分イメージが変わりました。
 高橋成美&マーヴィン・トラン。日本ってペアの土壌がないんだなぁ──と痛感。ジュニアだし、まだまだこれからか。
 太田由希奈は『アヴェ・マリア』。当たり前だけど、飛び抜けてる。秋楽公演を一緒に観ていた佐久夜嬢と共にスタンディングオベーションしてしまいました。因みに佐久夜嬢曰く、もっとスケーティングが伸びると良いのに──と。確かに、他にこの曲滑ってる選手って、荒川静香とかジェフリー・バトルとか、素晴らしく伸びるスケーティングをする選手が頭に浮かぶ……。ところで彼女はDOIは5年振りの出場だとアナウンスされていたけど、そんなに空いてないはず……。だって、5年前のDOIってヤグディンとジュベールがゲストだった時だよね? その時は行ってないぞ私。
 中野友加里は『ハーレム』──凄く素敵プロ。こういうエキゾチックな感じのプロは、日本では彼女が一番だなぁ。やはりスタオベ。それにしてもこの感じ、東京ワールドの年を思い出します。(あの年は『サユリ』だったけれど、やはり5月からのアイスショウで、エキシビションが素晴らしく安定していたのだ。)今期の活躍が楽しみです。
 一部の取りは東京シンクロナイズド・スケーティングクラブ。名前変わったのですね。今回は余りメイクに凝ってる感じじゃなかったな。でも、結構難しい隊形変化が入ってたと思う。シンクロに関しての知識は、シングルに輪をかけて皆無に等しいけど。

 鈴木明子はちょっと調子悪かったのかな? 余りジャンプが入らず、キレも良くなかったかも。まぁ、去年の『リベルタンゴ』を引っ提げた復活劇が衝撃的だったというのもあるんだろうな。曲は多分『カリブ』。
 無良崇人はお昼公演の最初のトリプルアクセルが素晴らしく高くてインパクトがあったのですが、千秋楽公演は結構崩れてしまいましたね。それにしても、彼はシニアに上がって急速に路線が定まってきた気がします。
 村主章枝は『パダンパダン』。旧い映画の女優みたいなイメージ。
 トマシュ・ベルネルはマイケル・ジャクソンのメドレーでした。振りがマイケルを意識しまくってて面白かったです。彼は例年選曲が良いというか、凄く客席を盛り上げる曲を選ぶイメージがあります。案の定、場内は大盛り上がりで私もスタオベ。ちなみに、(昼はしていなかったけど)夜の公演では『闘●魂』のハチマキ締めてました。私の場合、彼に対しては『本●日』のイメージが強すぎて、登場する度にあれを思い出して肩が震えてしまうので(笑いを堪えているだけですが)今回は輪をかけて面白かったです。ごめんなさい。
 キャシー・リード&クリス・リードは、コミカルプロ。ヒップホップなキャシーとクラシックバレエなクリスの取り合わせがとっても面白くて、いきなり観客席の笑みを誘います。技術的にはまだまだなんだろうけれど(お昼はクリスが転んでたし。)、これはこれで新たな側面が出せて良いプロなのではないかと。
 ナタリー・ペシャラ&ファビアン・ブルザ。時期的に調整不足なのかな。このカップルにしては余り出来が良くないというか……。いつもキレのあるダンスのカップルなのでちょっと意外でした。
 アリョーナ・サフチェンコ&ロビン・ソルコヴィー。彼らも頻繁に日本に来るようになったなぁ、と改めて。ペアはロシアの強豪がいなくなってからこっち、中国だけが飛び抜けて強いイメージがありますが、彼らはそういった強豪国の中で、地道に地道にここまで上がってきたのだなぁと思うと、ちょっと感慨深くもあり。
 ステファン・ランビエールのプロは……初見の印象は「まるで旧採点のプロだな」だったのですが、何だか途中で妙に悲しくなってきてしまいました。何というか……削ぎ落とし過ぎ。でも、これが今の彼のプレーンなのだとしたら、何だか前回五輪の頃から、随分遠くに来てしまったなぁ、と──。でも、これも現在のステファン・ランビエールにしかできないプロなんだろうな。5年10年先にこのプロを滑っても、多分我々に残すものはまた違ったものになるのだろう。それがまた哀しい。
 織田信成は『オースティンパワーズ』。ちょっと焦点が定まらない感じのプロというか。一番盛り上がるところを探すのが難しいプロというか。(観客視点な問題ですが。)何となく、グランプリシリーズに入ったら違うエキシを滑ってそうな気が。
 取りは安藤美姫で、モーツァルトの『レクイエム』。彼女のプロは前評判が余り良くなかったので、観る前はちょっとハラハラしていたのですが、なかなかどうして凄く盛り上がるプロ。こういった激情型の曲を情熱的に滑れる日本人の女子は彼女だけだと思います。凄く差別化されてる。思わずスタンディングオベーションしてしまいました。今期が楽しみ! という訳で、結局彼女はこのDOIで2種類のエキシを滑ったのですね。でもって、この『レクイエム』はテレビ放映では流れず、余り評判が良くない方のプロが放映される、と。う〜ん、勿体無いけど、ちょっとやり方が巧いな。

 さて。今年のフィナーレ終了後はメンズみんなで4回転祭りでした。(ランビエールは参加しない。)ベルネルは一発で決まるのですが、日本男子がなかなか成功しなくて……。(苦笑)
 でも、ゲストスケーターも本当に色々やってくれて面白かった! 今回は誰が座長──みたいな雰囲気は余りなくて、みんなで「よし、やっちゃおうぜ」って感じだったので、それも良かった。そしてサフチェンコのお茶目っぷりが可愛かった!

 今年も遂にシーズンの始まりかぁ。五輪シーズン、楽しみだな。
posted by 保科志穂 at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | フィギュアスケート2009-2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

Windouz XP SP3 を導入してしまった……。

 最近ついぞ Windouz Update をかけていなかったのですが、セキュリティホールが気になっていた事もあり、リリースから1年以上が経過している事もあり──という訳で、先月の23日に、Windouz XP SP3 を導入してしまった。
 因みに今メインで稼動しているのは、2004年の初め頃に某まっちゃん氏に自作してもらったデスクトップPC。と言っても、当時は初任給で購入したポリタンク型のPower Mac G3 300(最早懐かしい。)をメイン機として稼動させていたので、この窓魔神が完全にメインPCに昇格したのは3年くらい前の話だ。でも、サブ機の時期も含めれば、もうかれこれ5年は使っている勘定ながら、特にこれといった不具合もなく、当時の最高スペックで造ってもらった事や、まっちゃん氏の諸々の設定やプリインストールの工夫のお陰もあって、非常に便利に動かしていたのである。先月の23日までは。

 異変に気付いたのは、5月30日の土曜日。27日に買ったアルバム、『Ken's Bar II』をiTuneに導入しようと思ってCD-ROMドライブにCDを突っ込んだのだけど……これが認識せず。エクスプローラ上ではドライブ自体はちゃんとあるんだけど、中身が空っぽ。読み込んでる音も全くせず、稼動を示すランプも点灯しない。
「あれ、レンズ全然掃除してないから認識できなくなっちゃったか?」と思い翌日に強力なクリーナーを購入して試してみたのだけれど、やっぱり症状は変わらず。
 ここで初めて「もしかして SP3 が不味かったんじゃ……」などと思い至る訳だけど、まぁこの手のトラブルの修復方法はネット上にも沢山転がっているものだ。DVD/CD-ROMドライブが稼動しない訳だから、デバイスマネージャからDVD/CD-ROMドライブのデバイスを削除してみたり、レジストリを削除してみたり(「Upperfilters」と「Lowerfilters」を削除して再起動する事で復帰するといった内容の記述がMSのオンラインサポートにもあるのだ)と、まぁ簡単にできる事は一通りやってみた。因みに削除したレジストリは中途半端にしか復帰しなかったので、削除前にとってあったバックアップから復元したりもした。しかし、普通であれば必要に応じて自動で再構成されるレジストリが、何をやっても中途半端にしか復帰しなかった時点で相当に怪しい──という現実から目を逸らしたまま、私は更なる葛藤を続ける事になる。

 とは言え、この作業を行った事で、CDは認識できないものの、DVDは認識できるようになった──のである。なので、iTuneへの曲のインポートは後回しにして件のアルバムに同梱されていたDVDを観ようと、DVDからRealPlayerを起動──したところ、「ドライバを更新しろ」といった内容のエラー画面が出て、RealPlayerの方が半強制的に終了してしまった。でも、光学メディア読み込み用のドライバってリカバリ用のOSのCDの中か、DVD/CD-ROMドライブにくっついてきた標準のドライバCDの中だよね?──って、だからCD-ROMドライブが認識できないのだと言っておろうが。
 ともあれ、HDD内の動画はRealPlayerで再生できるし、コーデック不要のプレイヤではDVDの方も問題なく再生できた。そこで導き出した仮定としては、SP3導入時にアプリケーションやらコーデックやらが駄目になったのかな、と。という訳で6月2日、今度は諸々のコーデックを幾つか最新にアップデート。ついでにRealPlayerをアンインストールして最新版をインストールし直した。

 結果。

 RealPlayerが起動した段階で、今度は「DVD のコピー保護用キーの交換に失敗しました。」といった内容のエラーが表示されて、今度こそ半どころか本格的に強制終了してしまうようになったのである。
 ひたすら治らない。
 しかも、そんな事を繰り返している内に、何故かその内CDも認識し始めるようになったのだが、これまた1枚のCDを認識するまでに5分くらいかかるのだ。しかも、凄い怪しい読み込み音を立てて。怪訝しい。
 しかし、原因がコーデックでもないならDVDの再生には別途専用のソフトを買ってきて復帰するのが一番速そうである。そもそもCDの読み込みが怪しいとなると、iPodに音楽を入れるのも一苦労必要だし、ここはもう新しい光学メディア用のドライブを購入するのが速かろう。

 という事で諦めて、3日に外付けのDVD/CD-ROMドライブを購入したのだが……。

 DVD再生用にWinDVD8をインストールを試みたところ、エラーが18件ほど出て失敗。
 丹念にエラー内容をチェックするに、PassThoughDMO.dllとかSharpness.dllとか、DLLの登録に失敗しまくっている。エラー内容からググった感じでは、グラフィックボードが古いと、こういった登録エラーが出るらしい。という事で、6日にデバイスマネージャのディスプレイアダプタを参照してみたところ、まぁ結構旧いバージョンのようだったので、グラフィックボードのドライバをアップデートして、再びWinDVDをインストールしなおしてみたのだが──やっぱり同様のエラーが出てインストール失敗。
 WinDVDを出しているコーレル公式を覧ると、IVIVIDEO.axの登録エラーに対してはDirectXの更新が有効だと出ていたので、(IVIVIDEO.axの登録エラーも当然出ていた事から)DirectXも更新できうる一番最新のバージョンに更新してみた。

 が、やっぱり治らない。

 一応、外付けのDVD/CD-ROMドライブで現状は凌げてはいるけれど、これはもうOSからインストールし直すしかないのか? しかしそれじゃあ1日がかりの作業じゃないか。コミケ前にそれはちょっと。う〜ん、兼々ノートPC購入の野望はあったけど、このタイミングで購入って手もありなのか? どうする私? どうするのよ?
posted by 保科志穂 at 18:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々是雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

土曜の夜は、オールナイトでグレンラガン!

 と、言う訳で。
 シネマサンシャイン池袋で13日の夜に開催された、天元突破グレンラガン 【紅蓮篇】【螺巌篇】の一挙上演&トークイベントに行って参りました。因みにこのイベント、正式なイベント名称は(公式を覧ても)なさそう。イベント構成はこんな感じでした。

●上映プログラム
・劇場版 天元突破グレンラガン 紅蓮篇(22時半〜)
・トークショー(0時30分〜)
・劇場版 天元突破グレンラガン 螺巌篇(2時〜)
 (AM4:15イベント終了)

●トークショー登壇者
今石洋之(監督)、大塚雅彦(副監督)、中島かずき(脚本)、スペシャルゲスト:樋口真嗣、司会:真鍋義朗(宣伝プロデューサー)

 元々、「もう一度『螺巌篇』を観に行かなくては……」と思ってたのでこのイベントは渡りに船。チケットの購入は意外に余裕があって、発売日の夜に仕事がひと段落着いてからチケット前売りサイトをチェックしたのですが、普通に買えました。もっとも二階席でしたが。

 映画館に行く途中に何故か同僚と鉢合わせしてしまったり、時間に余裕があったのでとらのあなに立ち寄ったりしていましたが、イベントの方は定刻どおりにスタート。紅蓮篇の上映は、特にCMもなく(普通の映画だと最初の10分間くらい他の映画のCMが入るけど、アレがなかった)スムーズに始まりました。「おおおおお、久し振りの『紅蓮篇』!」とワクワクしつつ、実はグレンラガンは今キッズステーションで絶賛再放送中なので、この辺りは寧ろ最近観たばかりでもあり。そして、それでもやっぱり泣く。

 休憩を挟んでトークショー開始。このパートは……始終ぐだぐだしていて、それが良かったと言うか。(笑)中島さんや樋口さんは話す事に慣れているのだなぁ、というのが率直な感想? 特に中島さんは始終笑いを取るトークなのですが、そういう人が書く脚本ほど心臟抉られるタイプの話が多いイメージがあるので、何となく何かに納得してしまいました。
 色々話していた記憶はあるものの、「これこそは」といった内容があったかと言えば、どちらかというと全体的に煙に巻かれたイメージばかりが残っているので、何を書こうかなぁ、と迷ってしまうのですが……。
 強いて「ああ、そういうコト!」と思ったのは螺巌篇のエンディングの時に流れる映像のアイコン。少年シモンが真っ暗な背景をただひたすらとぼとぼと歩き続ける中で、画面下から捩じれた白線が幾つも立ち昇ってくるのだけど、その白線の上先端に小さなアイコンがついていて、そのアイコンが全部カタチがばらばらになっている。そのアイコンひとつひとつ、すべてキャラクターひとりひとりのイメージの象徴なのだと、今石監督が仰っていたのが印象的で。ひとつひとつのアイコン全部、監督の方でキャラを象徴するカタチのイメージを出したのだとか。ニアのアイコンは大きめでゆっくりの動きなので解かり易いのですが、その他のアイコンは流れも速いし小さいしでよく判別できないので、このアイコンについて指摘を挙げた方(質問は公式サイトで募集したもの)も凄いと思いましたが……。アイコンがひとつひとつ違っている事には気付いてなかったので、螺巌篇のエンディングを観ながら、心打たれました。

 螺巌篇については、今回改めて観る事ができて、何とも辛い話だなぁ、と。話すと長くなってしまうけれど、シモンの決意の悲壮さがTV版より更に強調されていると言うか。このヒトは民衆蜂起の際、感情に任せてロージェノムになる事もできたのに、それをしなかったのだなぁ──というのが、TV版とはまた違う発見で。螺巌篇もTV版とは結構違っているので、劇場版を観ていない方は一度観てみると、結構娯しめるんじゃないかと思います。もっとも、ロシウは相当割り喰ってるので、ロシウファンには余り面白くない話になるかもしれませんが。でも、やっぱり泣けるよ。螺巌篇も観に行った方が良い、きっと。

 という訳で、「もう一度行きたいんだけど……」とかのたまってるものに限って、一度きりしか行けない事が多い今日この頃ながら、この映画に関しては、ちゃんと二回観に行けてラッキーでした。グレンラガンに関しては、先月のお誕生ウィークの際にも、週に二回もアニメ限定カラオケに行って(付き合ってくれた同僚の方々、本当にありがとうございます。ここ観てない人ばっかだけど)、パセラのグレンラガン限定メニューとか限定グッズとか色々と愉しめたし、個人的にはグレンラガン、凄く楽しめて嬉しかったです。
posted by 保科志穂 at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

日本の美術館名品展(BlogPet)

志穂の「日本の美術館名品展」のまねしてかいてみるね

上野の絵は沢山あって意外。

*このエントリは、ブログペットの「ねりな」が書きました。
posted by 保科志穂 at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

日本の美術館名品展

 上野の東京都美術館で開催されている『美連協25周年記念 日本の美術館名品展』に行って参りました。
 私は元々引き籠る質で大して旅行にも行かないので、こういった国内の美術館から注目の絵が集まってくという展覧会は貴重です。一応、混雑覚悟で出かけて行ったのですが、全く列ばずに入れて意外。阿修羅展やルーブル美術館展は1時間待ちだったらしいのに。
 今回の展覧会では、展示されている全ての作品に対して、出典美術館からメッセージが付いているます。そして、これがまた美術館ごとに個性があって愉しい。短い文章に小難しい解説がぎゅっと凝縮されているのもあれば、難しく考えないで気軽に楽しんで欲しい──といった内容のもの、もしこの1枚の絵に興味を持ったなら是非(コレクションの揃っている)当美術館まで脚を運んで欲しい──といった内容のものもあったりして、そういう解説ひとつひとつ、読みながら絵を観るのが物凄く愉しかったです。
 でも、それを読みながら200余点の作品を観るのはかなり時間がかかりました。1時間半以上経ってるのに全作品の半数も観終わってない事に気付いたときには、結構焦ったかも。

 印象に残った作品を幾つか。
 オノレ・ドーミエの《ドン・キホーテとサンチョ・パンサ》。一番最初の展示作品だったのですが、余りに哀愁漂う雰囲気の絵でいきなり涙が出そうになりました。ドン・キホーテという話に対してどういうイメージを持つかは人それぞれだと思うんだけど、「ああ、こう来たか」と。
 ジャクソン・ポロックの《無題》。絵そのものの表現よりは、描くという行為そのものに対して拘りのある絵──といったニュアンスの解説をされていた記憶があります。そういう風に描けると言う事自体が、凄く幸せだと思う。というか、私が描くという行為そのものが愉しいタイプだから、そう思うだけだけど。
 高島野十郎の《蝋燭》。この人の蝋燭の絵は温かい。何と言うか……祈りを感じる。ひとつの小さな炎を分け与えて灯りを増やすように、この人は蝋燭の絵を描いては人にプレゼントしていたのだそうな。なんて素敵な習慣。貰った人は幸せだったろうな。
 岡鹿之助の《遊蝶花》。日本にもこういう絵を描く人がいたのね──とちょっと驚き。近場で回顧展があれば行ってみたい画家。山本芳翠もそうだけど、当時の日本では随分前衛的だったのではないのだろうか。個人的に黒田清輝の絵には(勿論素晴らしいとは思ってるけど)そういう意外性みたいなものは感じないだけに、当時の油絵でこういう作品があるというのが意外でした。
 三岸好太郎の《のんびり貝》。作風は全然違うのだけれど、この絵を観た瞬間思い出したのがアンドリュー・ワイエス。タイトルとは裏腹に、随分寂しい印象の絵だな、と。でも、この感想、あながち間違ってないよね、なんて……。
 山口薫の《花子誕生》。凄くエネルギッシュな絵。微笑ましくて、命の息吹を感じる。
 狩野芳崖の《伏龍羅漢図》。色と言い筆遣いと言い、相当なインパクトです。
 高島北海の《果蔬図》。色の使い方が斬新。実の色に合わせて輪郭線の色を変えてたり、そもそも輪郭線自体を描いていなかったり、日本画の中では随分新しい感じ。今でもこういう作風受けそう。
 近藤浩一路《雨期》。水墨画といえばそうなんだけど、でもちょっと違うジャンルというか。それでいて、風景は凄く日本っぽくて、懐かしい感じ……。
 高山辰雄の《食べる》。雰囲気からして終戦直後の絵かと思ったら、意外にも描かれてからまだ50年も経ってないという事でびっくり。とても強烈な絵。でも、こういう絵を観ると、ダイエットに勤しんでいる自分がかなり微妙に思える……。
 高村光太郎の《手》。とても有名な作品ですが、初めて本物観ました。意外に大きくて驚きました。

 ここに挙げたの以外でも面白い作品は沢山あったのですが、如何せん量が膨大で。観るのも結構消耗します。本当は、新選組月間(何だそりゃ)の〆に寛永寺にも脚を運ぼうかと思ってたのですが、思いの外観るのに時間がかかってしまった事と、美術館を出た時の結構な雨に諦めてしまいました。う〜ん、残念。
posted by 保科志穂 at 01:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 美術展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

劇場版 天元突破グレンラガン 螺巌篇

 某氏が「俺を誰だと思ってやがる!」と宣っているの見て「そう言えばもう『螺巌篇』始まってんじゃん! 観に行かなきゃ」と思い立ち──今回は早々に観て参りましたよ、『劇場版 天元突破グレンラガン 螺巌篇』! 因みに『紅蓮篇』の感想はこちら

 という訳で8日、会社帰りに池袋シネマサンシャインのレイトショウに駆け込み。
 しかし。
 今回かなり思ったのが、TV版を全話見終わった後だと、劇場版の第一回目は意外に愉しめない──という事。(苦笑)何しろ、見どころの多いアニメ。そもそもが「普通これ、1年間くらいやってるボリュームのアニメだよね」みたいのを凝縮した話だし、それが最終回前後となれば特に内容が濃い。それを更に2時間強に凝縮しているのである。カットされる分量が半端ないのは観る前に充分想定済み。大体、TV本編と大幅に話が変わってくるのは、紅蓮篇でも経験済みなのだ。(ただし、この時はTV版全話観てない状態で行った訳で、結果として色々な意味で良かった──という事に気付いたのは、螺巌篇を観てからの事なのだが。)その上、紅蓮篇はツェッペリン攻略さえ終わらない状態で終わってると来てる。
 要するに、だ。「あのシーン、大好きなんだよな〜。今度の劇場版でカットされてないと良いんだけど……」という場面が多すぎなのだ。そればかりが気になって、ハラハラして物語に集中できないのである。
 実際、アバン(本編開始前)でツェッペリン攻略が終わってしまうと言うくらいのボリュームだし、一度話が地球を飛び出したら、後はもうずっと舞台が宇宙のまま。
 だから例えば、ロシウが自決しようとする場面なんかは、「これはTV版の方が好きだったな」とも思いつつ、でも、やっぱりそれはそれで、泣けて来るほどに良いシーンだったりもして──だからやっぱり、とにかく愉しみきれてない。

 一番大好きなシーン──シモンがふたりのカミナの間で迷い、真実に気付き、そして本物のカミナと語らう場面──はカットされてなかったし(それだけで超満足)、死人もTV版より遥かに少なかった。ニアの劇場版オリジナルのガンメン(?)も色合いなんか綺麗で相当素敵だったし、それ以外のガンメンのデザインもみんなかなり手が入ってて、なんか色々、凄く良かったと思ってるんだけど。

 でも、今回は多分、というか絶対、これはもう一度観に行かなければマズイと思っている。これは、一回観ただけでは、本当に愉しめない。もう一度行って、今度こそ色々堪能してこようと思う。

 もっとも。多分また、会社帰りのレイトショウだと思うけど。
posted by 保科志穂 at 00:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

流山、近藤勇陣屋跡。

 こういうのは勢いもあるし、タイミングもあるのだな。

 という訳で9日。帰省ついでにちょっと脚を伸ばして、流山の近藤勇陣屋跡まで行って参りました。
 新選組は1868年(慶応4年)の3月、甲陽鎮撫隊と名を変えて甲州勝沼の戦いに挑み──敗退。江戸に散り散りに逃げ戻った後、翌月4月1日、流山(千葉県)に拠点を移し、土地の豪商であった長岡屋に本陣を敷き再起を図ります。しかし、この地も3日には官軍により包囲され、流山の地を兵火に晒す事を厭うた近藤は、自ら新政府軍に出頭するのです。
 近藤はそのまま解放される事なく越谷(埼玉県)に連行され、板橋にて斬首。この流山の地が、近藤勇と土方歳三の永遠の離別の地となったのでした。

 さて。
 この近藤勇陣屋跡というところは、流鉄流山線(旧総武流山線)の終点、流山駅から徒歩3分程度のところにあります。流山市と言えば、つくばエクスプレス、JR常磐線・武蔵野線、東武野田線と、割と交通の便の良い路線が乗り入れている印象があったのですが、この流山線は始点の馬橋駅が常磐線に連絡している以外、どこの路線からも巧く乗継ができません。帰省にあたってはちょっと遠回り……。
 電車の本数は、昼時であれば1時間に4本程度、全6駅の短い路線です。しかも、Suica(ICカード乗車券)非対応。有人改札が久し振りだったので、乗り方に戸惑ってしまったりして……これって十数年前までは当たり前だったのにな。
 私が乗ったのは、3両編成の「流星」という電車だったのですが、土曜の昼過ぎとなると乗客もまばら。折角なので、先頭車両の一番前の席に座り、運転席からの眺めをこっそり堪能。
 流山駅に降り立ったのは午後4時過ぎでしたが、駅前も余り人出はありません。でも、とても目立つところに『新選組 近藤勇・土方歳三離別の地』と書かれた案内板があって、陣屋跡までの道はすぐに判ります。また、道のあちこちに案内板や幟があって、迷う事無く目的地に辿り付く事が出来ました。
 人影のまばらな田舎町である事も手伝ってか、陣屋跡の周囲は驚くほど静か。案内板の説明を読んでケータイで写真を撮り、博物館に行くかちょっとだけ悩んで、結局諦めて駅に戻ったのですが、その間15分強程度でしょうか。もう少し時間があれば、博物館やその他の陣が張られた寺社も廻れたかなぁ、とは思ったのですが、何しろ片手間に寄っただけというのもあって今回は諦めてしまいました。まぁ、そんな遠いところでもないので、廻ろうと思えばいつでも回れるのだろうけれど、そういう場所こそ、なかなか行かなかったりするんだよねぇ……。

 でも、ここって本当はもっと観光地然としてて良いと思うんだけど。大河ドラマやってた頃はもっと人も多かったのかな。4月25日前後とかだと、人出もあったりするんだろうか。陣屋跡の隣の酒屋さんには香取慎吾扮する近藤勇のポスターが貼られていました。
posted by 保科志穂 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々是雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア

 渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されていた『国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア』に行って参りました。
 今回の目玉はタイトルでもお解かりの通り、イワン・クラムスコイの《忘れえぬ女》。個人的には19世紀末のロシア絵画というとどうしてもイリヤ・レーピンの印象が強かったのですが、その師匠は更に凄いと言うことか……。

 ロシアのイメージと言えば──酷寒の冬、どんよりと低く昏い空、針葉樹の森……どこまでも続く静かな地平線。
 勿論そればかりじゃないだろうけど、そんな印象がある。寒くて、冬が長くて。そして、ロシア文学の印象がある所為か、困窮に喘ぐ民衆のイメージもある。いや、あんまりロシア文学読まないんだけど。
 別に、今回の展覧会でそういったイメージが覆った訳ではないのだけど。
 ただ、一石を投じたといった感じはあったかもしれない。
イワン・シーシキン 《森の散歩》
 《木陰で休む家畜の群れ》もそうだけど、写実主義で明るい印象の絵。重苦しいイメージのロシアですが、宗教画でもない、単なる日常を描いた風景画で、こういった明るい作品がこの時代の段階で出てきていた事にちょっと驚き。個人的には、シーシキンの写実的な風景画の中に描かれる植物の姿が好きです。

ワシーリー・ペローフ 《眠る子ども達》
 イラリオン・プリャニシニコフの《空っぽの荷馬車》でも共通しているのですが、私の思い描くロシアの情景に近い雰囲気の作品です。特に《眠る子ども達》はロシア文学の一場面を観ているよう。困窮に喘ぐ農民達のイメージが絵から滲み出て来ると言うか……胸が痛くなる作品。

フョードル・ワシーリエフ 《雨が降る前》
 光の表現がかなり特有。余り活動期間の長くない画家のようですが、あと20年くらい活動できたら、相当垢抜けた作品を描く人になったんだろうな、と。
 雨が降る直前、空が暗くなり遠く雷の音が聴こえる──そんな時の微妙な光の感じが恐ろしいくらいに表現されていて、幼い頃の記憶を呼び起こしたという点でも、印象に残った絵です。

アルヒープ・クインジ 《エルブルース山─月夜》
 絵の中に月の描写はなく、月光に青白く浮かび上がる山の頂の姿が強烈な絵。この人は絵の具の研究も相当していたらしいですが、蓄光塗料で描いてあるかのような錯覚さえ感じる作品です。風景画では一番吃驚した作品。
 ワシーリー・ヴェレシャーギンという画家の作品が3つ程あったのですが、この画家の作品はロシアを描いたものではなかっただけに、空が高く青く──ロシアの風景の空は低く澄んでいるのが定番なので、その空の色に異国情緒を感じることができました。そして、これらの絵の隣に突然、イワン・クラムスコイの《髪をほどいた少女》が現れます。展示構成的にも、ここはヴェレシャーギンとクラムスコイとで突然雰囲気が転換するので、結構驚きます。
イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女》
 最初に述べたとおり、19世紀末のロシア絵画、中でも肖像画というとイリヤ・レーピンのイメージが強いのです。今回も展示されている《秋の花束》なんかが、その象徴というか、完成形って感じがしていたのだけれど。
 でも、展覧会全体通して、矢張りこの《忘れえぬ女》は圧巻で。
 今風に言うと「目力がある」というか……。その洗練された雰囲気は、今回の一連の作品群の中で、相当に群を抜いていて。これは確かに、忘れられない。
 私のロシア絵画のイメージは、この絵が一番重いところに来た──と、そう思いました。
 イリヤ・レーピンの作品については、今回の作品群なら《画家レーピンの息子、ユーリーの肖像》《文豪ツルゲーネフの肖像》、そして《秋の花束》が好きだったかな。今度の展覧会の目玉はクラムスコイでしたが、レーピンの作品も沢山展示されていて、そういう点に於ても満足度の高かったです。レーピンの絵には「溢れ出る生命力」を感じる事が多くて、そういう強いエネルギーを感じる絵というのは、どうしても印象に残るし、好きです。

 ここ数年、ロシア関連の展覧会は(自分的に)当たりが多い気がします。今回は大々的に広告スポンサーが付く事はなかったようですが、「作品数は多くてもテーマ性が曖昧」な展覧会より、時期やテーマをちょっと狭いくらいに絞ってくれた方が、作品数が少なくなってしまってもその属性を捉えやすいし、展覧会そのものを楽しく感じられるような気がします。
posted by 保科志穂 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨の午後、新選組隊士供養塔。

 先月まで、時代劇専門チャンネルでは鶴田浩二が近藤勇を演じる『新選組』が放送されていた。
 脚本は結束信二。この結束信二と言う人は司馬遼太郎の『新選組血風録』や『燃えよ剣』の脚本も担当していた人で、それ以外にも、私はこの人の脚本作品で比較的好きなものが多い。
 近藤勇も、色々な人が演じているのを見ているけれど、実はこの「鶴田浩二の『近藤勇』」が今のところ一番好きである。言葉遣いだけでなく全体の雰囲気が丁寧で、憂いのある視線が好きだ。この人の下なら、確かに沢山の人々が集まっただろうなって思う。
 土方歳三は栗塚旭が演じていて、これはもう──どちらにしても、この人以上の土方歳三はいないから、何も言う事がない。
 沖田総司は有川博だけど、この『新選組』では特に最終回に近くなってくると会津藩士役で出ている島田順司との絡みが多くなる。2004年の大河ドラマの『新選組!』でもそうだったけれど、『新選組血風録』と『燃えよ剣』で沖田総司を演じた島田順司は、大概そんな風にして、新たな沖田総司と向き合うのだ。でも、有川博の沖田総司も良いと思う。島田順司より子供っぽい雰囲気が堪らない。島田順司の沖田総司は、ちょっと意地が悪いと思う。
 その、鶴田浩二の『新選組』の放送が終わったのが4月末の事。そして私は、最終回の『鳥羽伏見の戦い(後編)』を観てボロボロと涙を流しながら思ったのである。

「やっぱ、5月は新選組だ(意味不明)」

 去年の5月は土方歳三の140回忌だった。近藤勇の命日は4月だからもう過ぎてる……けれど、5月は戊辰戦争の終戦月でもある。やっぱり5月に新選組関連行きたい! 行きたいのだ。
 という訳で。
 結局、板橋にある新選組隊士供養塔に行く事に。本当はもっと別の場所を考えていたのだけれど、5日は生憎と雨になってしまったので、比較的近く、そして近いが故に脚を運んだ事がなく、近藤勇に関係のある場所──と思って選んだのが、このJR板橋駅のすぐ傍にある新選組隊士供養塔だったのである。
 この供養塔について、ここでは延々と「新選組隊士供養塔」という言い方をしているけれど、実はこのJR板橋駅の駅前にある供養塔は、近藤勇の墓として有名である。が、近藤勇の遺骨はここにはない。あるのは──多分、永倉新八の遺髪だけだ。しかも、板橋駅前なのに、この墓所は板橋区ではなく北区にあるのだ。北区滝野川。

 JR板橋駅に降りると、東口から滝野川に出られる。この墓所は駅から徒歩1分……もかからないかな。とにかく、東口の改札を出るとすぐ見える場所にある。
 入って正面奥に近藤勇(と、連なる新選組隊士達)の大きな供養塔があって、左手には永倉新八の墓。何故、永倉新八の墓だけが独立しているかというと、この供養塔を立てたのが永倉新八だから。そして、彼の墓の下には、彼の遺髪が埋まっている──そうだから。
 そしてこの墓所の中心とも呼べる供養塔の方は、多分空っぽなのだろう。この供養塔は近藤勇の名と共に土方歳三の名前が並べて刻んである。そして、その左右の面には、他の新選組隊士全員の名前が載っている。
 ここは近藤勇の墓として有名だと言ったけれど、強いて近藤勇の墓と呼べるものがあるとすれば、その供養塔の向かってすぐ右にある墓石と、更に右手にある何も刻まれていない自然石──まるで庭石のようにそっと置いてあるその石こそが、近藤勇の胴体が埋葬された当時の墓石なのだと言うから、これらが「近藤勇の墓」なのだろう。

 その自然石にも、手を合わせた。

 新選組の墓参りにしては、微妙に時期を外しているな、とは思う。
 近藤勇なら4月25日だし、この供養塔の供養祭も4月中に行われる。5月11日まで行けば土方歳三の命日になるし、その頃になると日野市でも板橋区でも新選組祭がある。本来なら、墓参りもそういった時期に行けばイベントが多くて面白いのだろう。
 でも、今回はどうしても行きたかったんだよね。本当は、5日はくらやみ祭に行こうと思ってたから。『燃えよ剣』の冒頭の場面で語られる、あの府中のくらやみ祭。あの祭から、土方歳三の新選組への道程は始まったのだから……多分。

 薩摩切子展に新選組の墓参りと、意識してなかったのに妙に幕末付いていた今年のゴールデンウィーク。まだ何かあったりして。あると良いなぁ。
posted by 保科志穂 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々是雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子

 サントリー美術館は国立新美術館から歩いてすぐなので、立ち寄ろうかどうか迷っている間に到着してしまうというのが本当なのだけど……。
 新美術館でのルーブル美術館展に行った帰りに、サントリー美術館まで脚を伸ばして、『一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子』展を観て参りました。
 薩摩切子の隆盛は幕末の7年間とされています。それは本当に一瞬のきらめきで、1846年に10代目薩摩藩主である島津斉興が興した硝子産業は、11代藩主斉彬の代には興隆を極めるものの、1863年に薩英戦争で硝子工場が破壊される事で衰退していきます。
 島津斉彬は硝子工業のみならず近代工業化を推し進めた人物で、日本の近代化に大いに貢献した人物です。造船や貿易などが有名ですが、この薩摩切子もこの人の大きな仕事のひとつ。斉彬は集成館事業(洋式産業)の一環として、薬瓶として製造されていた硝子瓶を美術工芸品として飛躍させるのです。そして、その最も盛んな時期に没します。
 因みに(サントリー美術館公式でも微妙な書き方なので)一応書いておくと、島津斉彬は(鎌倉時代から続く)島津氏の28代目ではありますが、島津藩主としては11代目にあたります。

 展示構成としては、まずは薩摩切子に影響を及ばしたボヘミアやイギリスのカットガラスと江戸切子。これを踏まえて、誕生から隆盛期の薩摩切子、献上用の品々が展示され、最後には明治以降の作品や、薩摩切子を源流として他の地方で造られた作品までもが展示されています。
 魚子模様と麻の葉小紋を交互に組み合わせた独特の模様、花弁を模した洒落たカッティング、その特徴とも言える鮮やかな赤、余り見ない青緑の蓋物──もう、正に圧巻。
 薩摩切子の具体的な特徴についてもとても判り易く解説されていて、ひとつひとつの作品の特徴も掴みやすいし、展示順の工夫もあって、時代の流れによって発展していく様もとても理解し易くなっています。

 薩摩切子というのは、その美しさもさることながら、眺めているとこう……元々幕末と言う時代への思い入れが結構あるので、そちらにも意識が向いてしまって、篤姫の輿入れ道具などを眺めていると、何とも切ない気分になります。幕末と言う時代自体に、一瞬のきらめきといったイメージがあるからかも知れません。
 何気なく立ち寄ったサントリー美術館でしたが、この美術館はいつも満足させてくれるイメージがあります。お時間ありましたら是非。
posted by 保科志穂 at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする